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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼

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その10

「夜にならないと動かないと油断したな」

 凌生は勝ち誇ったように仁王立ちしていた。

 見下す視線の先には、殴り倒されて血反吐を吐いている乃武の姿があった。苦しそうな息遣いだが、まだ反骨の光が宿る眼で凌生を睨み上げていた。


「こんなに多くの離反者がいると思ってもいなかっただろう」

 口元に嘲る笑いを浮かべた凌生の後ろには、仲間と信じていた狼族もいた。

「なぜ……」

 裏切られて悔しいと言うよりも、切なさが乃武の胸を締め付けた。


「みんな我慢の限界だったんだよ、なぜ人間より優れている我らが、こんな山奥に隠れてコソコソと生活しなければならないんだ? 人間に紛れている奴らも然り、なぜ正体を偽って窮屈な生活を強いられるんだ?」

 凌生は布団の上で上体を起こしている青狼に冷ややかな視線を流した。


「その指輪を使えば、人間の上に君臨できるのではないのか? なぜそうしなかったんだ」

 凌生は老いた青狼に怨言を吐いた。


 青狼は蔑んだ笑みを口の端に浮かべた。

「愚かな……、お前は人間の本当の恐ろしさを知らないのだ。この指輪を使って狼族すべての妖力を結集しても、人間には敵わないぞ」

「使い手が悪いからだろ」

「無礼な奴だな」

 青狼は大きな吐息を一つついてから指輪をはずし、

「お前に使いこなせるかどうか、試してみるといい」

 指輪を凌生に投げてよこした。


 もっと抵抗する思っていたので、青狼があっさり手放したのは意外だった。

「老いぼれても命は惜しいのか」


 掌で輝く小さな指輪、凌生の眼には眩い輝きに映った。

「これが……これをはめるだけで狼族すべての妖力を我がものに出来るのだな」

 胸が高鳴り、興奮に頬を赤らめながら凌生は指輪をはめた。


 とたん、凌生の体から後光のように光が放出した。

「おおっ!」

 喜びに打ち震える凌生、狂気に満ちた表情は陰惨な悪相を晒した。


 急に、近くにいた狼族、人狼が全身の力を失ってバタバタと倒れた。

 完全に意識を失っている。


 青狼は慌てて、倒れている乃武をかばうように覆いかぶさった。

「長老?」

「動くな、持っていかれるぞ」


「仕方ないのぉ」

 突然、そう言いながら霞が姿を現した。

 霞は紫の毒液を吹き出してバリアにし、自分と青狼、乃武を包み込んだ。

「霞殿!」

「間に合ったようだな」

「お懐かしいのぉ、人の姿もまたお美しい」

 青狼は目を潤ませながら霞を見た。


「今はこの姿の方が都合が良いのでな、お前はすっかり老いぼれたな」

「そろそろ寿命です、我らはあなたのように長寿じゃありませんから、死ぬ前にお会いできて恐悦至極でございます」

「そうは言っても、このままじゃ死に切れんのではないか?」

「赤狼のことですね、しかし儂にはもう弟を救い出す力は残っておりません」

「だから来たのだ」


「あれは……」

 乃武は霞の登場など目に入らないように、青ざめながら凌生を見ていた。

「指輪をはめることができた……」

「凌生の中に、指輪を通して狼族の妖力が注ぎ込まれているのじゃ」

「まさかアイツが選ばれた主なのですか!」

 乃武は驚愕に震え、指先の感覚が失せていくのを感じた。


「力がみなぎる! これがすべての狼族の妖力なのか! なんと強大な!」

 悦に入る凌生は高らかに歓喜の叫びをあげた。


 放出する光は次第に大きくなり、室内を埋め尽くした。


 駆け付けた結音と未空は、眩い光に目を細めた。

「なにが起きているの!」

 倒れている狼族たちと、光の中で狂喜乱舞している凌生を見て立ち尽くした。


 紫のバリアの中から結音を見た青狼は、

「結音! こんなところへ来てはダメだ、指輪に」

 言葉の途中で驚きの表情に変わった。

「……指輪に妖力を奪われないのか?」


 凌生も平気な顔をして立っている結音に気付き、

「なぜお前は俺に力を注がないんだ!」

「なんのこと?」

 凌生は不敵な笑みを浮かべながら指輪をした手をかかげた。

「それは!」

「お前の力も寄こせ!」

 凌生は結音に手を伸ばした。


「やめろ!」

 未空が割って入り、その手を振り払った。

 手と手が接触した瞬間、見えない圧力に凌生の体が光ごと弾かれた。


「なに!」

 驚きに目を剥く凌生。

 立ちはだかり両掌をまっすぐ向けている未空の周囲を取り巻く空気が、壁となって阻んでいるのがわかった。


「なんなんだ、お前は!!」

 凌生の体から怒りが沸騰したように光が増し、円柱となって放出、轟音と共に天井を突き破った。

 

 爆発的に放出した光は、柱も梁も破壊し、砕けた瓦礫が吹っ飛ぶ中に、未空と結音も混じって空中に放り出された。

 城のような母屋は半分が吹っ飛び、倒壊しようとしていた。


 未空は結音の手をしっかり握りながら、爆風に身を任せて空高く舞い上がった。

 落ちる!

 と、思ったが、不思議と重力を感じない。周囲の瓦礫が一斉に落下を始めたのに、二人はまるでスカイダイビングのプロのごとく、絶妙のバランスを取って瓦礫との接触を避けながら浮いていた。


「なんなのよ、コレは!」

「あたしに聞かないで! 狼がしでかしてるんでしょ」

「こんな力、ある訳ない……」

 言いかけて元凶の凌生を見下ろした。

 天に届けとばかりに伸ばした手には指輪が煌めいていた。


 その手は狼の前足に、全身が灰色の剛毛に覆われ、巨大化したため着ていた服も破れ飛んでいる。突き出た口から牙が剥き出て、雄叫びは遠吠えに変わっていた。


 一方、瓦礫の渦を避けて、紫のバリアごと空中に避難した霞たちは、空飛ぶ布団状態。

「なんてこった、千年以上続いた本家の城が……」

 青狼は倒壊する建物を慚愧の思いで見下ろした。


「そんなことより、未空を助けなければ! あの高さから落ちたら、結音は平気でも彼女は助からない!」

 身を乗り出してバリアに手を伸ばそうとした乃武を霞が止めた。

「大丈夫だ」

「あの少女?は……はて、どこかで会ったような」

 青狼は呑気に小首を傾げた。

「お前も気付いたか」

「と言いますと?」

「やっと思い出した、空の能力を使った瞬間にな」

「おお! そうじゃ、あれは慈空じくう様!」

「の、生まれ変わりだな」


 いまだに重力を感じず、宇宙遊泳しているように浮遊している未空と結音。

「これはあなたがやってるの?」

 結音は未空の体から不思議な風圧が出ているのを感じていた。

「……わからない」

 未空自身、どうやっているのかわからないが、浮遊しているのは自分の力だと自覚していた。


 そんな二人を見ながら、

「で、どう始末をつけるのだ?」

 霞は冷ややかな横目で青狼を見た。

「ここまで暴走するとは予想外じゃったなぁ」

 青狼は溜息をつきながら肩を落とした。


「わたしがいかずちを落とせば一発で消し去ることも出来るが、そうなれば指輪も融けて無くなるだろうしなぁ」

 青狼は、いまだ光を放出している凌生を見下ろした。


「そろそろ限界だと思うのだがな」



   *   *   *



(指輪をはずせ!)

 凌生の頭の中に何者かの声が響いた。

(もう無理だ、これ以上妖力を取り込めば、お前が破滅する)


 聞き覚えのあるような、ないような声はどこから来ているのか、凌生は困惑して苛ついた。

「なにを言ってる! これは俺のモノだ、俺が狼族を統べるんだ!」

 凌生は叫んだ。すると目の前に、いや、脳裏に異様な風景が浮かんだ。


 燃えるような赤い毛並みの巨大な狼が黒い雲の渦に巻き込まれていた。それを追う狼は深い群青の毛をまとっている。赤狼と青狼の兄弟? これは幻か? いいや、指輪の記憶なのだと凌生は気付いた。


(それ以上妖力を吸収すれば制御できないぞ! 自分の器量を考えろ)

 青狼が止めようとするのを赤狼が振り払う。

(アイツを倒すためには、もっと力が!)


 赤狼の体がさらに赤く燃え上がる。

 周囲の黒雲を赤く染めながら落ちて行く。

 そして、爆発!


 爆風の中から指輪だけが飛び出してきた。


 凌生の眼がビクンと大きく開き、白目の血管が切れて赤く染まっていく。

「俺は違う! 俺はもっと妖気を吸収できる、狼族すべての妖気を!」

 そう言ったものの、凌生の顔には苦痛がにじみ出ていた。


 目を向きながら喉元を掻きむしる。

 だらしなく開いた口元から涎が零れ、瞼が重く垂れさがってきた。

 体から放出していた光も次第に萎みはじめた。


 がっくり膝をついたかと思うと、完全に光は失われた。



   *   *   *



「きゃっ!」

 光が失われると共に、浮力を失くした未空と結音は真っ逆さまに落ち始めた。

「どうなってるのよ!」

「落ちてるのよ!」

「そんなのわかってるわよ! もう飛べないの?!」

「そう言われても!」

 地面が迫る。

「あなた、死ぬわよ!」

「あなただって!」


 いよいよ地面が目前になった時、未空は横っ腹に衝撃を感じた。

「え……」

 大きな猫の口が未空を捕らえていた。

 結音は! と下を見ると、彼女は無事に着地していた。


 そして未空も地面に降ろされた。

 と言っても、乱暴に放り出された。


「痛~いっ!」

 尻餅をつきながら腰を押さえる未空の横に、人間の姿に戻った真琴が立っていた。

「気ぃ抜くしや」

 真琴は乱れた髪を櫛でとかしながら冷ややかに見下ろしていた。

「大丈夫?」

 そこへ結音が駆けつけた。

 真琴は結音をチラリと見てから、凌生の方に視線を流した。


 元の大きさに戻り、膝をついたまま固まっている凌生。

 灰色の剛毛は、次第に黒く変色していった。

 真っ黒になった毛皮が、ハラハラと抜けると同時に、全身から黒い靄が立ち昇った。


「どうなってるの……?」

 固唾をのみながら見ていた結音がこぼした。

「狼族のことやろ、あたしにわかるかいな」

 と二人が短い会話を交わしている間に……。


 立ち昇る黒い靄と共に、凌生の体は消え失せた。


「自滅か?」

「そのようだけど……」

「なにがどうなってるのよ!」

「アンタはその前に、あたしになにか言い忘れてへんか?」


「あ……、助けてくれて、ありがとう」


 凌生が消えた場所には、指輪がキラリと存在を主張していた。


   つづく


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