その9
「どうなってるの……?」
正門をくぐった結音は愕然と立ち尽くした。
城のような母屋へ続く石畳を血に染め、狼族の仲間たちが倒れている。
「あたしが出てから15分くらいしか経ってないのよ」
「見てみろ」
霞は倒れている骸を指さした。
背中を刺されている。
「後ろから不意打ちを食らっておる、中からの攻撃だ」
「内通者!」
「それも大勢な」
結音は不安に満ちた目で母屋を見た。
「じゃあ、もう」
「凌生は中にいるの!」
駆け出そうとした未空を霞が止めた。
「突っ込んでどうするのだ、既に占拠されておるぞ」
「長老と乃武さんが中にいるのに」
結音は胸の前でギュッと拳を握った。
「どっちにしろ、確かめに行かなきゃならないでしょ」
未空は叫んだ。
その時、
「確かめられるかな」
不敵な声にそちらを向くと、大勢、20いや30もの人狼を従えた狼族の女、清良が立っていた。結音が仲間と信じていた女だった。
「今頃は凌生に始末されているさ」
「あなたまで裏切っていたなんて……」
「どちらが裏切り者かな? 誇りを捨てたお前たちこそ裏切り者ではないのか? まあいい、いまさら議論してもしょうがない、お前もここで死ぬのだから」
いつの間にか、入ってきた門の所にも、一目で敵対しているとわかる狼族が牙を剥き、挟まれていた。
「妖気を感じて来てみたら、たった三人とは」
「雑魚相手にはわたし一人でも良かったのだがな」
霞は余裕の笑みを浮かべながら、振り向きざまに、口笛を吹くようにすぼめた唇から紫の毒液を噴霧した。
毒の霧に包まれた狼たちは、たちまちバタバタと崩れ落ちた。
「なに!」
それを見た清良は慄然とし、顔を歪めながら一歩退いた。
「何者だ!」
その時、薄れた紫の霧をかき分けながら、口を押えて苦しそうな真琴が飛び出した。
「ちょっとぉ! 殺す気か!」
学校にいた真琴は、休み時間にトイレへ行ったところ、突然現れた貉婆に、連れ去らわれた。誰にも見られていなかったか心配しながら、放り出されたのが霞の毒の霧の中だった。
霞は悪びれた様子もなく冷笑した。
「出てきた場所が不運だったな、で、婆は?」
「アンタの毒液に気付いたとたん、あたしを見捨てて逃げたわ!」
「そうか、無事なら良い」
「あなたは昨日の! なんでこんなところに来たのよ!」
真琴を見て、未空は慌てた。
霞が後方の敵を毒液で倒したものの、まだ清良たちが目前にいる。
「わたしが呼んだのだが」
「ここは狼の巣よ、こんな危険なとこに普通の女子中生呼んでどうするのよ!」
「お前は、なにを言ってるんだ?」
霞はキョトンとしながら小首を傾げた。
「気付いてないんじゃない?」
噛み合わない話に結音が口を挟んだ。
「なにをよ」
「知らんのか? 真琴は強いぞ、お前の百倍、いや万倍な」
「えっ?」
「ええい! なにをゴチャゴチャ言ってるんだ! 一人増えたところで関係ない!」
いつの間にか清良の後ろに控える人狼の数が増えている。いや人狼ばかりでなく、狼族の裏切り者も駆け付けたようだ。
霞は清良に向き直ると、
「待たせたな、お前ら雑魚の相手は真琴がしてくれる」
「なんであたしが!」
「青狼が気になるのでな」
言い終わると同時に、霞は白い光の玉となり飛び去った。
「……」
唖然と見送る真琴。
「自分だけ逃げたか」
蔑むように笑いながら、清良は手を上げた。
「すぐ追いつくさ、こいつらをさっさと始末してな」
「それはこっちのセリフや」
真琴がそう言いながら目を煌めかせた途端、金色の光が全身から放出した。
清良たちは眩しさに一瞬目を閉じた。が、すぐに開けるとそこには美しい獣が出現していた。
金茶色の毛皮を仄かに輝かせながら牙を剥き出す、体長3メートルの巨大な猫の姿を見た未空は驚きのあまり、魂が抜けたようにポカンと口を開けた。
結音はそんな未空の肩に手を置き、
「あたしたちの出番はないわ、行きましょ、凌生を逃したくないでしょ」
「え、ええ」
真琴の前足一振りで、何匹もの狼が鋭い爪の餌食となり吹っ飛ばされるのを見ながら、未空と結音は隙を縫って駆け抜け、母屋に向かった。
つづく