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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼
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その8

「俺はな、子供たちには自分の人生を自由に選んでほしいと思ってる、この家業、俺たちの代で終わりにしてもいいんじゃないか?」

 上野海忠(ひろただ)は言った。

「兄貴がそれでいいのなら」

 空伴あきともは静かに頷いた。


 夏惟かいは一年前、偶然、聞いてしまった上野兄弟の会話に違和感を覚えた。

 海忠の息子である自分はすでに家業を継いでいる。その手は血に染まっているのだ。今更、普通の人間に戻れと言うのか? と……。


 しかし違和感の正体は、程なく他の甲賀忍者末裔と遭遇した時にわかった。

 その同業者はかつて上野海忠に殺害された男を知っていた。その男に夏惟は生き写しだと言うのだ。それが夏惟の実父だった。


 自分の人生を自由に選んでほしい子供たちの中に、自分は含まれていなかったのだ。





「こんなもので本家の障壁を破れるのか?」

 悠輪寺から盗んだ五鈷鈴ごこりんをかかげながら夏惟は小首を傾げた。


「しまってくれないか、目に入るだけで気分が悪い」

 凌生りょうせいは嫌悪感(あらわ)に顔をそむけた。

「ふ~ん、そうなんだ」

「忌々しいことに、人間にしか扱えない」


 凌生と夏惟は、隠れ家にしている廃屋に来ていた。

 大神家本家とほど近い山の中、昔は集落になっていたのだろうが、住民達は山を下り、長い間空き家になっている様子の民家。居間の使われていない囲炉裏を挟んで座っていた。


「人間は弱いくせに、こんな法具で我らに対抗しようとする」

「こんなものに歯が立たない妖怪の方が弱いんじゃないのか?」

 意地悪い夏惟の言い方に、凌生は牙を剥いて威嚇した。


「おっと、怒らせちゃマズいな、ここは狼の巣だった」

「お前にはまだ、やってもらうことがあるからな」

「終わったら、殺すか?」

「さて、どうするかな」

 お互いに含み笑いする。


「それも仕方ない、しょせんお前にとって俺は忌々しい人間だからな、でも約束は守ってもらうぞ、上野家の人間はあと二人残っている」

「そんなに憎いか、あんなガキまで殺さなきゃ気が済まない程に」

「掟だ、仇の一族は根絶やしにしなければならないんだ」

 夏惟の瞳には憎しみの炎が揺らめいていた。


「一人は死んだも同然、もう人ではないからな、人狼に変異して俺のしもべとなる運命からは逃れられん」

「お前の言いなりか? 死ねと言えばそうするのか?」

「ああ、命令には逆らえない。あっ、いいことを思いついたぞ、あの娘にもう一人を殺させるってのはどうだ? 大切な人に殺されるなんて、最高じゃないか」


 信じていた人に裏切られる絶望を、未空に味合わせるのも悪くない。未空に恨みはないが、何年も自分を騙し続けたお前の父と伯父が悪いんだ。

 凌生は夏惟の中に煮えたぎる憎悪を垣間見ながらほくそ笑んだ。


 そこへ凌生と行動を共にする狼族が入室した。

「こちらは準備が出来ました」

「さて、我が僕たちも、そろそろ起こすか」

 凌生が立ち上がった。


「まだ昼だぞ? 襲撃は夜じゃないのか?」

 凌生は腰に手を当て、不敵な笑みで見下ろした。


「本家の奴らも、そう思っているだろう」



   *   *   *



 大神本家の山。

 大きな門をくぐると美しい庭園が広がり、その奥に城のような建物がそびえていた。


「そうか、霞殿に会ったのか、お目覚めになっていたのだな」

 布団の上で上体を起こしている青狼が懐かしそうに目を細めた。

 縁側の向こうに美しい庭園が見える和室で休んでいる狼族の長老は、白いひげに覆われた顔、長く伸びた眉毛で細い目もほとんど隠れている。背中は丸く、着物から覗いている手は、骨と皮だけで節くれだっていた。


 傍に正座している乃武が、

「間もなくこちらへ来られます。結音が麓まで迎えに出ました」

「そうか!」 

 青狼は表情を明るくしたが、乃武は厳しい顔で、

「なぜ、話しをして下さらなかったのです」

 青狼の左手中指に煌めく金色の指輪に目をやった。

「霞殿もお喋りな」

 青狼も指輪に視線を落としてフッと笑みを浮かべた。


「凌生の狙いはそれなんですよ、今夜には攻めてくるでしょう。内部にも寝返った者がいるらしく、残念ながらこちらは不利です」

 寂しそうに庭を見やった。

「長く居座り過ぎた……しかしな、心配には及ばん、奪ったところで奴にこの指輪は扱えんぞ」

「奴の妖力は侮れませんよ」


「妖力の問題ではない、資質じゃ、指輪自身があるじを選ぶのじゃ」

「指輪が選ぶ? 選ばれない者がはめるとどうなるんです?」

「試してみるか?」

 指輪をはずし、乃武に渡す。

 なんのへんてつもない、装飾もないシンプルな指輪、乃武は自分の中指にはめてみた。

「うっ!」

 乃武の中指が千切れ飛び、血で汚れた指輪が畳の上に転がった。


「これは……」

 苦痛に顔を歪める乃武。

「驚いたか、すまんのぉ」

 先に言ってくれ! と乃武は心の中でぼやいたが、

「大丈夫です、すぐに再生しますから」

 強がって平静を装った。


「選り好みが激しい奴でな、今まで何本の指を切断してきたことか」

 指輪を拾い、愛しそうに見つめた。

「どうしたらコイツが気に入る後継者を見つけられるか、ずっと考えておるのじゃが、もうのんびりしておれんのじゃ、我ら存続の為にも、早く捜し出さねば」


 その時、縁側から刺す日差しに影が落ちた。

「捜す必要はない、ココにいるから」

 凌生が不敵な笑みを浮かべて立っていた。

 大勢の手下を従えている。


「お前! どうやってここまで!」

 乃武は中腰に身構えた。

「相変わらず本家の者は呑気だな、危機管理がなってない」

「バカな、いくらまやかしの障壁を破ったとしても、守りは固めてあるはずだ」

 信じられないと言った表情の乃武。


「本家内にお前らの仲間がどれだけいると思ってるんだ?」

「まさか……」

 愕然とする乃武。内通者がいるのは承知していたが、凌生がここまですんなり入れるほどの数とは、想像を超えていた。


 青狼は静かに目を伏せた。

「儂もそうとう老いぼれたな……」



   *   *   *



 結音が額に汗して山道を走っていた。

「なんで走るのよ」

 追う未空に振り向きもせず、

「なんでアンタまで来たのよ、あの女の子は?」

「和尚さんに頼んできた」


「役立たずは来るなと言ったんだがな、どうしても、と無理やりついて来たのだ」

 涼しい顔で足一つ動かさずに空中を移動している霞が言った。

「足手纏いにならないでよ、もう、攻撃が始まってるかも」


「まだ昼前だぞ?」

「瞞しの障壁が消えてるのよ!」

「わたしが来たので、解いたのかの思っておったのだが」

「全部消滅してるのよ、あの五鈷鈴を使ったに違いないわ!」


 正門に到着した三人は、倒されている見張りを発見した。

 そして、門の向こうは血の海になっていた。


   つづく


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