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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼
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その7

 とおる真琴まこと結音ゆのの学生組は、境内の後始末を仰せつかった。

 貉婆むじなばあがお持ち帰りしたものの、人狼の衣服や、地面に飛び散った血痕は残っている。参拝する人は滅多にないと言っても、誰か来るかも知れないので、今夜中に跡形もなく掃除しなければならない。


 精神的ダメージが大きい未空みくは免除されて、冴冬さとに付き添った。

 冴冬はまた額に護符を張って、目覚めないよう封じられた。


 他の者はとりあえず庫裡に移動し、リビングに集まった。


「1200年前、都で大きな戦いがあったのは聞いておるだろう」

 かすみが語り出した。

「戦いには狼族のおさ青狼と、その弟赤狼(せきろう)も参戦した。彼らがそれぞれ持つ指輪には狼族全員の妖力を結集する力があってな、だから弱っちい狼も対等に戦えたのだ」

「弱っちいて……」

 バカにされた乃武のぶは苦笑した。


「しかし早々に力尽き、邪悪なモノに取り込まれた赤狼は、その直前、指輪を悠輪ゆうりんに託した」

「悠輪とはこの寺の縁者ですか?」

 乃武の問いには重賢じゅうけんが答えた。

「妖怪たちを従えて戦った高僧のリーダーやったお方や」


「赤狼の指輪は邪悪なモノを滅するために使うはずだった。しかし勝利を目前にして、なにが起きたのかは知らんが失敗してしまったのだ。5人の高僧は命を落とし、残された悠輪がかろうじて封印したらしい。おそらく指輪は封印に使われたのだろう」


「長が持っているのはその時のもう一つですね」

「青狼の指輪と赤狼の指輪は対になっている。一方が消滅すれば、もう一つも消滅する、封印が守られているのだから、まだ健在だろう」


「そうか……狼族の伝説に、指輪が消滅すれば、邪悪なモノが甦るとはそのことだったんですか」

 乃武が青ざめながら言った。

「千年の時の流れの中、正確に伝えられる者がいなくなってしまっていたんですね」


凌生りょうせいとやらが指輪を狙っておるのなら、お前たち、早く本家に戻った方がいいのではないか?」

「この寺の襲撃で多くのしもべを失ったのは想定外だったと思います。結界さえ破れば簡単に手に入れられると思っていたから、共に裏切った狼族の4人は同行しなかったんでしょう」


「たまたま真琴と澄がいて良かったわ、儂一人やったら、どうなってたか」

 重賢はホッと息をついた。

那由他なゆたは不在か?」

「なんか珠蓮じゅれんに呼び出されてな」

「あの鬼か」


「鬼もお仲間なんですか?」

 乃武は驚きの目を向けた。

「ここには色んなモノが集うのだぞ」

 霞は楽しそうに微笑んだ。


「凌生はきっと、しもべを増やして、これまで以上に体制を強化するでしょう、攻撃は明日の日没後、こちらもそれまでに一族が集めて備えなければなりません」

 乃武は眉間に深いしわを寄せながら立ち上がった。

「急ぎ戻ります」


「あたしも行くわ」

 いつの間にか未空が戸口に立っていた。

「話は聞こえた、冴冬をあんな目に遭わせた凌生って奴は、あたしがる」

 冴冬が眠っている部屋に視線を流した。


「気持ちはわかるが人間の出る幕じゃない、我らに任せて君はここにいろ」

 乃武はそう言ったが、夏惟かいのこともあるので未空は引けなかった。

 きっと凌生に騙されて仲間になってしまったんだ。このままだと一緒に殺されてしまうだろう。もう一度、ちゃんと話がしたかった。


「そうだ、役立たずは留守番をしておれ」

 霞も冷たく言い放った。

「なんですって! あたしだって戦える!」

「お前が戦わなくても、狼など何匹おってもわたしの敵ではない、みな食ってやる」

「霞様も来てくださるのですか?」

 乃武が表情を明るくした。


「ああ、久しぶりに青狼の顔が見たくなったのでな」



   *   *   *



 澄は暗闇の中でデッキブラシを手に黙々と参道の血痕を洗い流していた。

「なんで、俺一人が……」

 恨めしそうに流した視線の先には、ベンチに座ってのんびり話をしている真琴と結音。


「さっさと片付けや~」

 視線を感じた真琴が言った。


「ここは不思議な場所ね、聖域なのに不快感がないわ」

 結音は大きく息を吸い込みながら夜空を仰いだ。

「そうやな」


「なぜ、あの冴冬って子を助けたいの?」

「偶然やけど、関わってしもたからにはな」

「厄介事に首突っ込むタイプには見えないけどね」

「アンタこそ、一族の為に命を懸けるタイプにはみえへんな」


「凌生は、あたしの父を殺したのよ」

「そう言うことか、けど、凌生って奴はなんで裏切ったんや?」

「乃武さんに聞いたんだけど、凌生は人間より優れた種族がなぜ正体を隠して暮らさなきゃならないんだ?って、不満に思っていたらしい、かつて彼の兄も同じ思いから掟を破って裁きを受けたらしいから、復讐もあるんでしょうね」


「群れで暮らす狼にもはぐれる奴はいるんやな」

「群れない猫にはわからないでしょ」

「気付いてたんか?」


「狼の方が鼻が利くのよ、それに今も凄いプレッシャーを感じているもの、あたしなんかじゃ足元にも及ばない妖気……」

 結音は震える指先を見つめた。


「ねえ、あなたは群れてなくて、寂しくないの?」

「幸い家族もいるし、半妖とわかっていても変わりなく付き合ってくれる友達もいるしな」

「半妖?」

「そうやで、母親は普通の人間やし」

「半妖でその妖気……」


「凌生の考えも一理あると思うで、確かに、人間は弱いしな」

「人間は弱くなんかないわよ。あたしたち純血種は長い戦いの末に学んだのよ。人間は数に勝る。退治屋だって、いくら返り討ちにしても次から次へ性懲りもなく湧いて出てきて、寄ってたかってあたしたちを根絶やしにしようとする」


「日本ミツバチがどうやってスズメバチを退治するか知っている? 一匹のスズメバチを何十匹ものミツバチが覆いつくし、自らの体温でスズメバチを蒸し殺しにするのよ、それと同じ、数に劣るあたしたちは敵わない。だから純血種のあたしたちは戦うことをやめた。そして人間に紛れ、息をひそめて生き延びる道を選択した。そりゃね、今だって生きるために必要なときは人間を食べるけど」


「人間を食べるの!?」

 真琴は気味悪そうに顔を歪めた。


「この姿は本来の姿じゃないわ、あたしたちは人間を食べなければ、人間の姿に変化へんげし続けられないからしかたないのよ」

「人間を食べるなんて……」

 軽蔑のまなざしを向ける真琴に結音は、

「人間が人間を殺す数に比べれば微々たるものよ」

 悪びれた様子もない。


「確かに、耳の痛い話やな」

 いつの間にか、額に汗した澄が立っていた。

「終わったんか」

「はいはい、終わりましたよ」

 ニッコリとゴミ袋をかかげた。


 そんな澄を見て結音は苦笑した。

しもべがいるのね」


   つづく


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