その6
黒い影が移動した人狼たちの体は全て砂になり、衣服だけが残った。
「霞ぃ~~」
それを見た真琴が呆れたような、叱るような声を上げた。
すると黒い影は停止し、浮かび上がると共に空中で白い光となった。
眩さに結音と乃武が目を細めた瞬間、光の中から淡いブルーの着物を着た美しい女性が現れた。
「おや、ここにも狼が残っているではないか、食っていいか?」
霞はすまし顔で言った。
「アカン!」
真琴が結音を庇って、目の前に立った。
「残念だ、人狼より生粋の狼の方が美味いのに」
「霞さん、お久しぶりです!」
澄がすり寄った。
「おお、久しいのぉ、元気にしておったか」
満腹でご機嫌な霞。
「なによ、コイツは!」
今にも飛び掛かかりそうな勢いの結音を、一目で力関係を察した乃武が止めた。
「生意気な奴だな、食っていいか?」
「アカンって言うてるやろ」
牙を剥いている結音に、
「お前が敵う相手じゃない」
乃武がたしなめた。
「なにしに来たんや?」
真琴が尋ねた。
「貉婆がご馳走にありつけると教えてくれたのでな」
いつの間にか貉婆も現れていた。
もぎ取って来たのか、人狼の足を手にしたまま真琴に笑顔を向けた。
「久しぶりやな、真琴」
気味悪い光景に苦笑いするしかない真琴。
「霞様、本堂前にまだぎょうさん転がってますで」
「そうか、持ち帰るとするか」
「アンタらなぁ……」
「エエやないか、置いといても始末に困るやろ」
重賢は目じりを下げた。
「全部お持ち帰りしてや」
「おおきに」
貉婆はお辞儀をすると、いそいそと本堂へ引き返した。
異様な光景に唖然と目を丸くしている未空。
「ここは化け物屋敷なの?」
「失礼な奴だな、何者だ? ん? どこかで会ったような」
霞は未空の顔を覗き込んだ。
「会ってないわよ!」
「この寺には守り神がついているんですね」
乃武が霞を見て言った。
重賢は苦笑した。
「ちょっと凶暴やけどなぁ」
「来るんやったら、もうちょっと早よ来てくれたらよかったのに」
澄は馴れ馴れしく霞を肘でつついた。
「こんな雑魚、わたしが出ることもないだろ、澄も腕を上げたと聞いておるぞ」
「けど、ボスを逃がしてしもた」
「真琴もいながら情けないのぉ」
「ほっといて」
「けど、なぜ襲われたのだ? こんな古寺」
「そうや、なんでやろ?」
「もしかしたら、ここにありませんか? 結界破りの五鈷鈴」
乃武の言葉に、真琴は思い当たることがあった。
「そう言えば、男が本堂にあった五鈷鈴を持って行ったけど、あれか?」
真琴は夏惟が手にしたのを見ていたが、そんな力がある代物とは思っていなかった。
「五鈷鈴を盗まれたんか! えらいこっちゃ」
「そんな大事なもんやったら、ちゃんと隠しとかなアカンやん」
「油断したな、物の怪には触れへんもんやし、まさかと……」
重賢はバツ悪そうに禿げ頭を掻いた。
「だから人間と手を組んだんだな」
「なんのために盗んだのかしら?」
結音の疑問に答えるべく、乃武は腕組みして考え込んだ。
「凌生はしきりに伝説の指輪のことを知りたがっていたけど……まさかそれを奪うために、瞞しの障壁を破って大神本家を襲うつもりなんだろうか?」
「長老が持ってるあの指輪? でも、ただの伝説で力なんかないんじゃないの?」
「青狼はもう、あの指輪を使いこなせんのだな」
霞が言った。
「長老をご存じで?」
「ああ、最後に会ったのは1200年前だが」
「あなたいくつなの?」
結音は驚きの目を向けた。
霞は結音を横目で睨みながら、
「狼族の寿命は千年程だったな、青狼も昔のような力がないのは無理なかろう」
「指輪の伝説は」
「まことだ、それを手にしたものは、すべての狼族の妖力を集めることが出来る優れものだ」
つづく




