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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼

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その5

「あれは?」

 本堂の前には体調3メートルくらいの獣がいた。


 金茶色の毛皮が仄かに光っている。ピンと立った耳、見開いた瞳は盾に伸び黄金に煌めいていた。額から口元にかけては白っぽく、牙はプラチナの輝き、肉球からはみ出した爪も念入りに砥がれた日本刀の切っ先のように青白い輝きを放っていた。


 美しい獣に目を奪われた未空みくは、驚きのあまり、とおるへの警戒心を忘れた。

「雑魚が何匹いても、相手にならへん」

 いつの間にか澄は未空の横に並んで腕組みしながら、変化した真琴まことの暴れっぷりを見ていた。


 本堂前では真琴が鋭い爪を振るって、人狼を蹴散らしていた。

「ところで君、アイツらの仲間とはちゃうみたいやけど、なんでここにいんの?」

 聞かれたものの、どう答えていいかわからず未空は口ごもった。

 

 その時、戻ってくる夏惟かいの姿に気付いた。

 夏惟は未空の無事な姿に驚きの目を向け、

「まだ生きてたのか」

 短刀を握り直した。


「あたしも殺すの」

 未空の顔は怒りより、悲しみに沈んでいた。

 子供の頃から兄のように慕い、夏惟も実の妹のように可愛がってくれていた。なのに、そのすべてが無かったことのように刃を向けられるものなのか? 未空は信じられなかった。


 自分には出来ない、夏惟を殺すなんて……。

 未空は呆然と立ち尽くした。


「なにしてんにゃ!」

 澄はすかざず両手で印を結び、水の弾丸を繰り出した。

 夏惟はかろうじて避けたが、肩を掠った。


「なんだお前は!」

 夏惟は身をかがめながら澄を睨んだ。

「正義の味方」

 余裕の笑みで答える澄。


 参道からは変化へんげした真琴に追われた人狼が引き返してきた。

 夏惟を無視して一目散に門から逃れる。

「お前ら!」

 夏惟も続こうとしたが、

「逃がさへんで」

 澄の手のひらから出た水流が、夏惟の体を取り巻いた。


 未空は驚きながらただ見ていた。

 水の竜巻の中に囚われた夏惟は身動きできない。


 その時、凌生りょうせいが現れた。

「そいつを放せ!」

 凌生はいつの間にか、冴冬さとを人質にしていた。

 まだ意識がない冴冬を後ろからとらえて首に鋭い爪を当てている。


「冴冬!」

 未空の叫びに、澄は驚いた。

「知り合いか?」


 凌生は不気味に目を輝かせながら、爪に力を入れた。

 一筋の血が流れ落ちるのをみて、澄はあっさり水の包囲網を解いた。


 途端、夏惟は矢のようなスピードで門に向かった。

 そして、凌生も冴冬を捨てて続いた。





「逃げられたんか」

 そこへ重賢が老体に鞭打って駆け付けた。

 周りに倒れている人狼を見渡した。

「まあ、多勢に無勢やししゃーないか」


 未空は倒れている冴冬を抱き起した。

「冴冬!」

 気を失ったまま、グッタリしている。

「知り合いなんか?」

 澄が尋ねた。

「ええ、従妹よ」


「起こさん方がエエ」

 重賢が未空の肩を掴んだ。

「覚悟せなアカンで、目覚めた時は、もう人間(ちゃ)うしな」

 見上げる未空に、重賢はやり切れない表情で言った。

「どう言う……意味?」

「彼女は変異途中や、人狼になる」


 人間の姿に戻った真琴も駆け付けた。

 重賢の言葉を聞いて、哀れみに満ちた瞳で冴冬を見下ろした。

「狼に噛まれてたんか……」


 未空は固く目を閉じながら冴冬を抱きしめた。

 あの時、一緒に行くべきだった。そうすれば守れたかも知れない。しかし、もうなにもかも遅い。


「遅かったか」

 その時、周囲を見渡しながら正門から入って来たのは、大神だいじん結音ゆの乃武のぶだった。

 一目で妖怪と分かった真琴と重賢に緊張が走った。


 それに気付いた乃武は両手を上げて、敵意がないことを示した。

「怪しいもんじゃありませんから」

「怪しいやろ、狼臭プンプンさせといて」

 真琴は乱れた髪を櫛でとかしながら、乃武に鋭い眼を向けた。

「嘘ぉ~」

 真琴の言葉に反応した結音は、慌てて自分の腕を臭いだ。


 乃武は気にせず続けた。

「そちらが悠輪寺ゆうりんじのご住職か」

「そうやけど」

「裏切り者とは言え、我が一族の者が迷惑をかけて、申し訳ない」

 丁寧に頭を下げた。

 結音も渋々ならった。


「凌生がここに向かったと斥候から連絡を受けて駆け付けたんですが、間に合わなかったようですね」

「それにしても、結界も張ってないなんて、不用心な寺ね」

 結音の失礼な言い方を乃武が横目で制した。


「あたしのせいなの、あたしが騙されて護符をはずしたのよ」

 未空が俯いたまま言った。

「護符が、見えたんか?」

 重賢は眉をひそめた。


「凌生が手を組んだ人間は、お前の……」

 乃武の言葉に未空は頷いた。

「従兄の夏惟だった、いや、上野の血筋じゃなかった。夏惟が上野の里へ人狼を手引きしたのよ」

「その代わりに、凌生がこの寺へ入るのを手伝ったのか、裏切り者同士が手を組んだんだな」


 未空はすがるような目で乃武を見上げた。

「冴冬は、どうなるの?」

「残念だけどご住職の言う通り、その子は間もなく人狼に変異する、そうなれば人間だった時の記憶はなくなり、彼女に肉を食わせた凌生のしもべとなる」

「肉……を、食わせた」


「純血種の狼族が自らの体の一部を食べさせると、その人間は人狼に変異する、あたしたちは指の一本や二本切り取っても数時間で再生するわ、もの凄く痛いけどね」

 結音が説明し、

「それは禁じられている重罪だ、捕まえて処罰しなければならない」

 乃武が補足した。


 乃武は痛ましそうに冴冬を見た。

「必死で逃げ出したんだろうが不憫な子だ。変異が完了すれば、放っておいてもあるじの元に参じる。だから置いて行ったんだろう」

「そいつを捕まえれば、冴冬が元に戻れる方法があるの?」

 懇願するような未空の目を乃武はまともに見られなかった。

「残念だが、それは無理だ」

「そんな!」


「人狼になっても、その子、冴冬さんに変わりはないやろ」

 澄の言葉に、未空の肩がビクッと動いた。

「凌生を殺して呪縛がなくなれば、普通に生活できるかも知れないし」

 結音は明るく行ったが、

「普通ってなによ! 妖怪が人間と同じように生活できるっていうの!」

 未空は怒りに満ちた目を上げた。


「妖怪になったら、もう愛せないの?」

 結音は寂しそうな瞳を未空に向けた。

「それは……」


 その時、結音の腕に鳥肌が立った。

 言い知れぬ恐怖感が全身を駆け抜け、結音は地面を見ながら飛びのいた。


 黒い影がサーっと動いた。

 

 青白い光を放つ狼の眼が、黒い影を追った。

 影は移動し、倒れている人狼の下で止まった。

 すると人狼の体は見る見る干からびミイラとなり、そして体は砂のように崩れ落ち、衣服だけが残った。


 それを見た結音は反射的に身構えた。乃武も同様に警戒態勢を取った。


 黒い影は移動し、次の人狼の下へ。

 (またた)く間に体は砂となって崩れ落ちた。

 そして、次へと……。


 青ざめる結音の口元には臨戦態勢の証、鋭い牙が伸びた。


   つづく


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