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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼
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その3

「どこに目ェ付けてんにゃ!」

 杖は手にしているものの、元気そうな禿頭の老人が叫んだ。


 細い目を吊り上げて激怒しているが、言われた冴冬はキョトンとして、老人がなにを怒っているのかわからなかった。

「人にぶち当たっといて、謝りもせんのか!」

「えっ?」


 人狼に襲われ、未空に逃がしてもらったものの、財布もスマホも落としてしまい、頼みの兄夏惟に連絡を取ることも出来ない。それになんだか頭がボーとして、考えられない。なぜ、ここにいるのかもわからなかった。


「謝らんかい!」

 すこし肩が触れただけでも、暇を持て余している寂しい老人は怒りのボルテージが急上昇する。


「必要ないで」

 偶然通りかかり、最初から見ていた真琴まことは、たまらず口を挟んだ。

 小学生くらいのその少女が、困惑して今にも泣き出しそうだったので見過ごせなかった。


「老害は無視に限る」

 七瀬真琴は老人を見もせず、

「行こ」

 冴冬の手を取った。


「なんやて!」

 老人は怒りに任せて杖を振り上げたが、真琴は誰もいないかのようにチラリとも見なかった。どうせ振り下ろす度胸はないと分かっていたからだ。


 真琴は名も知らぬ少女の手を引いて、さっさと歩き出した。

 後ろで大騒ぎしている老害の音など聞こえないふりをして。

「脳が老化して機能低下したら、感情のコントロールが出来ひんようになるらしいで」

「あ、ありがとう」


 かなり離れて、叫び声も聞こえなくなったので、真琴は彼女の手を離した。

「あんた、大丈夫か?」

 すこぶる顔色が悪い、血の気がなく、額に玉のような汗がにじんでいた。

「大丈夫、ちょっと休めば」

「休むって言うても、こんな道の真ん中で」

 困りながら周囲を見渡した真琴は、見知った顔を見つけた。スラリとした長身で爽やかな笑顔を向けているのは湖月こげつとおるだった。


「真琴ちゃ~ん」

 真琴を見つけて人懐っこい笑み満載で駆け寄った。

「久しぶり~、こんなところで会えるなんて! 学校帰りか? いつも一緒のノッコちゃんは? 今日は真っ直ぐ帰るん? 電話してもいつも忙しいってつれないし、暇やったらお茶でもどう?」


 相変わらず相手に口を挟ませない機関銃トーク、黙っていればイケメンなのに残念だ、と真琴はイラついた。それに、すこぶる具合悪そうな少女が目に入らないのか?


「澄、ちょっと後ろ向いて」

「えっ? なに、なに?」

 澄は言われるままに背を向けた。


「なんか秘密のプレゼントでもあるんかな?」

 声は期待に弾んでいる。

「ちょっと屈んで、そうそう、そのくらい」

 疑うことなく指示に従った澄の背中に、ぐったりしている冴冬を押し付けた。

「こんなとこで抱き着くなんて、恥ずかしいやん、真琴ちゃん」

 にやけながら振り返った澄の目の前には、見知らぬ少女。


「誰?」

「知らんけど、具合悪いみたいやねん」

悠輪寺ゆうりんじって言うお寺へ……」

 澄の耳元で、冴冬が声を絞り出した。

「悠輪寺?」


 澄と真琴は視線を合わせた。

「和尚と知り合いか?」

 真琴は冴冬に尋ねたが、もう目を閉じ、意識を失っているようだった。


「とりあえずおんぶして行って」

「あ、ああ」



   *   *   *



 大神本家を出た未空は、京都市内に来ていた。

 乃武が親切にキャッシュや衣服など必要なモノを用意して持たせてくれた。妖怪の世話になるのは不本意だったが、意地を張っている場合ではなかった。


 京都へ来たのは夏惟と落ち合うためだった。

 夏惟はちょうど仕事が終わり、帰ろうとしていた時、未空からの連絡で惨事を知った。まだ遺体は発見されていないようでニュースになっていなかった。


「みんなの遺体をそのままにして置くのは忍びないが、今は冴冬と合流するのが先だ」

 こんな時でも夏惟は冷静だった。


 上野夏惟は22歳の青年、4年前、高校を卒業するとすぐに父の海忠と共に仕事を始めた。今は一人で依頼をこなせるまでに成長していた。

 最近は家にいることも少なかったが、未空にとってはなんでも相談できる兄貴のような存在だった。


 忍びたるもの、どんな時も心乱してはいけない、そう教わってきた。夏惟はその通りにしているのだろうが、家族の惨事を知っても顔色一つ変えない冷然たる態度に少し腹立たしさを感じた。


「落ちあう場所は決めてある」

 夏惟は足を止めた。


 京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、悠輪寺があった。


 未空は門を見上げた。

「ここには結界は張られている、それは妖怪だけじゃなく、邪悪な人間にも発動するんだ」

 夏惟は口をへの字にした。

「俺みたいに汚れ仕事をしている者は入れない、護符をはずしてくれなきゃ」


「勝手に外すのはヤバくない? あたしが先に入って和尚さんに事情を話せば」

「俺が暗殺を生業なりわいにしてるって?」

「それは……」


「門のどこかに張られているはずだ、探して剥がしてくれ」

「どこって? あれじゃないの?」

 門の屋根の下、冠木に張られた護符を指さした。

「えっ?」

 夏惟には見えなかったが、それは言わず。

「肩を貸してやるから、早く外してくれ」


 未空は夏惟の肩に飛び乗り、護符に手を伸ばした。

 破らないように慎重に剥がすと、肩から降りて夏惟の前にかざした。

「こんな紙切れで強力な結界が作れるのかな」

 夏惟は無言でその護符を取り上げると、ビリビリに破いた。

「なにすんの?」

 驚く未空の前で、夏惟は護符を放り投げた。


 夕闇迫る空に舞い上がる護符の切れ端を見上げる未空。

 その時、背後から異様な気配が近づくのに気付いた。

 身構えながら振り返る。


 数十匹の人狼に囲まれていた。


   つづく


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