その2
連なる山三つが瞞しの障壁で守られていた。
立ち入ることが出来る人間はいない。ゆえ、手付かずの自然が残る豊かな山だった。
人ならざる者もしかり、狼族以外は一歩たりとも踏み込めない場所に大神家の本家はあった。
まるでお城のような建物、門番が槍を手にして警備についている。その様子は戦国時代さながら、時が停まっているようだった。
しかし、数日前から滞在している少女は今時の女子高生……に見える。純粋の狼族である大神結音は、無事に成人の儀式を終え、初めて本家を訪れていた。
「まだ目覚めないのか?」
入室した乃武が、布団に寝かされている未空を見下ろした。
そこは十畳くらいの普通の和室、家具はなく殺風景な部屋だった。
乃武は和服姿で落ち着いた物腰の男性。本当の年齢はわからないが見た目は三十前後、長く本家の守りについている重鎮だ。
首の包帯が痛々しい未空だが、穏やかな寝顔で熟睡していた。
「叩き起こす?」
未空が目覚めるまで見張っているように言われていた結音は、退屈を持て余して限界だった。
「怪我もたいしたことないし」
「寝かせておけ、あれだけの人狼相手に戦ったんだ、消耗は大きいだろう」
「でも、よく生き残れたわね、足跡から察すると10匹以上いたんじゃない?」
「狼5匹と人狼12匹よ」
未空がパッチリ目を開けた。
「あら、起きてたの?」
そう言った結音を見るなり、未空は飛び起きようとしたが、すぐによろめいて膝をついた。
「あたしをどうするつもり!」
武器もないのに臨戦態勢。
結音と乃武は呆れ顔で見た。
「そうじゃないでしょ、助けてくれてありがとうございました、でしょ」
結音の言葉に未空は眉をひそめた。
「助けてくれた?」
未空は首の包帯に気付き、手を当てた。
「妖怪のお前たちが?」
「なぜ妖怪とわかったの? 見た目では判断できないはずだけど」
「え……」
なぜだろう、改めて見るとよく化けている、どこから見ても普通の人間だ。
人狼に襲われたところだから、敏感になっているのだろうかと未空は思った。
「バレるなんて……」
結音は気にして鏡を覗き込んだ。
「なぜ助けた? お前たちも狼なんでしょ」
「我らは特別な理由がない限り、無闇に人間を殺したりしない」
理由があれば殺すんだ、と未空は心の中で突っ込んだ。
「やったのは裏切者とはいえ元仲間だからな、放ってはおけなかった」
「裏切り者?」
「襲ったのは凌生と言う狼を頭に行動を共にしている4人だ、禁とされている人狼を生み出しているとわかり、我らも追っていたんだが……」
「その裏切り者の狼が、なぜあたしたちを襲ったの!」
「それはわからん、しかし、あの里には妖怪除けの結界があったはずだ、なぜ破られたんだ? そして、お前だけがどうやって生き延びたんだ?」
乃武に鋭い眼光を向けられた未空だが、自分でもあの状況でどうやって身を守ったのか思い出せなかった。
「あたしと冴冬は襲撃の時、家にいなかったのよ、帰ったら既にあんなことになっていて……」
「そうか、ちょうどその時、俺たちが到着したから凌生は引いたんだな」
「冴冬って?」
「従妹よ、逃げたはずなんだけど」
「見当たらなかったな、逃げおおせたのか……」
「逃げたわよ、きっと!」
興奮して叫ぶが、傷が痛んで顔を歪めた。
「で、お前はどうする? 人狼の遺体だけは処分したが、お前の家族の遺体が発見された時、どう説明するんだ?」
乃武は腕組みして考えを巡らせた。
「まあ、あの殺され方じゃ、人間の仕業と思うものはいないだろう、熊に襲われたってことにおさまるかもしれんな。お前は親戚の家に行ってたことにすればどうだ? 口裏を合わせてくれる者くらいいるだろ」
乃武の提案に、未空は頷けなかった。
「親戚なんかいないわ、一族はずっと昔に離散したのよ。忍者なんて歴史の遺物だから」
「しかし今でも闇の世界でうごめいてるだろ? 忍者は一流の暗殺者だ」
「そうね、でも組織で活動してる訳じゃない、忍者の技を継承している家ごとに仕事を請け負ってるから、望まぬ再会もあるらしいわ」
「そうか、雇い主が敵同士なら、敵対することになる、そんな時はどうするんだ?」
「任務を全うするだけよ、勝った方は敗れた方の家族全員を始末しなければならない、仇討ちとか厄介事の芽を摘んでおくためにね、だから親戚付き合いはないのよ」
「じゃあ、どうする?」
「もう一人、仕事中で家を空けていた仲間がいるのよ、その夏惟と合流するわ」
「現役忍者か」
「冴冬の兄貴よ、無事に逃げおおせていれば、合流しているはずだわ」
つづく




