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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第8章 青狼

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その1

 真ん丸い月は明るく、星々の輝きをかすませていた。

 しかしそれに負けじと、ひときわ煌めく星もある。


「あの星はなんて名前かしら」

 木々の間から夜空を仰いだ冴冬さとが言った。

「知らない」

 数歩先を歩く未空みくは見上げもせず、そっけなく答えた。


 夜の山道を急ぐ未空は14歳、冴冬は二つ下の12歳の従姉妹同士。

 未空は年のわりには大人っぽくて妖艶さ漂う美少女、体つきも成熟したナイスバディ。冴冬はポニーテールが良く似合う、愛嬌ある可愛い少女。


 二人が進んでいるのは、人が通るような道とは言えない険しい獣道。月明かりだけでは足元も見えないはずだが、迷いなくスタスタと歩いていた。

 普通の人間なら、懐中電灯なしでは一歩も進めない山道を難なく進めるのは、二人が幼い時から特殊な訓練を受けているからだった。

 甲賀忍者の末裔。


 忍者と言っても戦国時代のような活躍の場はない。しかし現代も闇でうごめく間者スパイを必要とする者たちはいる。忍者の末裔は表に出せない汚れ仕事を請け負っているのだ。任務遂行のためには殺しもいとわない、闇の世界では必要とされる存在だった。


 そんな家に生まれた未空と冴冬は、いずれ闇の世界にその身を投じる。厳しい訓練に明け暮れているのは、任務中に命を落とさないためでもあった。


「遅くなったわ、急ぐよ」

「待ってよ」

 冴冬は未空の腕を掴んだ。


「なによ」

 未空は掴まれた腕を怪訝そうに見た。

「疲れちゃった」

「しょうのない子ね」

 甘えるように見上げる冴冬をみて、未空は仕方なく歩を緩めた。


 その時、

 !!

 未空の聴覚はなにかをキャッチした。


「聞こえた?」

「なに?」

 緊張した未空の腕の筋肉を感じた冴冬は、全神経を耳に集中させた。


「叫び声?」

「家の方よ!」

 次の瞬間、二人は揃って駆け出した。



   *   *   *



 山間やまあいの開けた場所に、立派な古民家が隣り合って建っていた。

 周囲には田畑、鶏小屋、豚小屋もあり、自給自足の生活がうかがえる。


 庭に、遺体が並べられていた。

 みんな全身に噛み傷があり、流れた血が地面に染みていた。


 犠牲者は未空の父上野空伴(あきとも)、まだ7歳になったばかりの妹空鐘(あかね)、空伴の兄で冴冬の父上野海忠(ひろただ)と妻秋絵(あきえ)、10歳の息子春瑠(はる)の5人。


「これで全員か?」

 凌生りょうせいが遺体を見下ろして冷ややかに言った。

 生粋の狼族おおかみぞくである凌生は、人間の姿に変化へんげしているので、一見20歳前後の好青年に見えるが、鋭い眼光は他を寄せ付けない威厳を感じさせた。その態度から他4頭の狼族と、そのしもべである人狼じんろうたちを従えているボスだとわかる。


 人狼は、人の形はしているが、洋服からはみ出た手足は灰色で覆われ、鋭い爪が伸びている。顔も人間の面影はあるものの、目は黄色く虚ろで、変形し突き出た口元には鋭い犬歯がのぞいていた。


「足りないぞ」

「くまなく捜したのですが、見当たりません」

「もっと捜せ! 皆殺しにするんだ!」

 凌生が一喝すると、全員がそれぞれに散り、捜索を再開した。


「ギャア!!」

 直後、一狼の悲鳴が響いた。

「なんだ!」


 そちらを見た凌生は、血に濡れた短刀を握る未空の姿を見た。


 未空は身構えながらも、視線は並べられた遺体に釘付けだった。

 手遅れなのは一目で解った。

 倒れている家族が絶命していることを悟った。駆け寄って抱きしめたところでもう生き返らない。


「なぜなの、集落には妖怪除けの結界が張られていたのに……」

「結界? そんなモノ、俺様クラスには効かんぞ、死にに帰って来るとは馬鹿な奴」

 凌生は不敵な笑みを浮かべた。


「父さんの結界が破られるなんて……」

 幼い妹の無残なむくろを目に、怒りと悲しみで体が震えたが、周囲を取り囲む人狼もちゃんと目に入っていた。


 多勢に無勢、今、戦っても、勝ち目はない。

 逃げるか?

 それも難しいだろう。人狼の身体能力は知っているつもりだ。でも、自分が盾になれば冴冬だけでも逃がせるかも知れない。


「逃げて! 冴冬!」

 声も上げられずに呆然と遺体を見ていた冴冬は、未空の声に我に返った。

「みんなを置いて行けないわ!」

「もう死んでる! あなただけでも生きなきゃ」

「でも」

「行くのよ! あたしもすぐ追いつく!」

 未空の叫びに、冴冬は唇を噛みしめながら背を向け、駆け出した。


「逃げられると思っているのか」

 凌生の合図で、人狼たちが一斉に動いたが、未空の動きも速かった。

 冴冬を追おうとした人狼に突進、二振りで二狼を倒した。


 しかし、次々に襲いかかってくる。

 牙を、爪を避けながら、応戦する未空の息はすぐに上がった。


「やるなぁ」

 しばらく後ろに控えていた凌生が、痺れを切らして前に出た。

「無駄に手下を失いたくはないからな」

 言うや否や、未空に突進した。そのスピードは人狼とは比較にならず、未空は避けたつもりが、鋭い爪が首筋を掠った。


「くっ!」

 傷口から流れる血を押さえながら、未空は距離を取ろうとしたが、凌生は容赦なく接近する。

 次の一撃はかわせない!


 殺される!


 さっき見た、父の遺体が脳裏に浮かんだ。

 目前に迫る凌生の顔は、いつの間にか人の顔ではなく狼になっていた。

 剥き出した牙の狙いは、未空の首。


 死にたくない!!


 心の中で叫んだ時、未空は全身に電流が駆け抜ける衝撃を感じた。

 それは痛みではなく、不思議と力が湧き出るような感覚だった。


 次の瞬間、凌生が吹っ飛んだ。

「なに!」

 無様に尻餅をついた凌生の表情は、なにが起きたかわからない驚きだった。


 それは未空も同じだった。

 周囲を取り巻く空気が違う。

 静電気がパチパチと音を立てている。


「なんなんだ!」

 激昂した凌生が、再び飛び掛かろうとしたが、未空の所まで到達することはなく、感電柵に激突したサルのように弾かれた。


 再び尻餅をついた凌生は、信じられないと言った目で未空を睨みつけた。

「お前はいったい……」

 その時、凌生は他の気配に気付いて視線を外した。


「凌生様」

 一狼の狼族が目で合図した。

「ちぇっ、もう来たのか」

 未空を仕留められないのは不本意だが、彼女の術の正体もわからない今、新たな敵を迎え撃つのは分が悪い。これ以上手下の犠牲を出したくない凌生は即座に撤退を決めた。


「お前など、いつでも殺せるからな」

 負け惜しみともとれる言葉を吐くと、凌生は残りの仲間を従えて消えた。


「待て!」

 と強がったものの、未空は内心ホッとした。


 途端、全身から力が抜け……、目の前が暗くなった。


   つづく


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