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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第7章 糸
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その9

 流風が突き出した右手から手裏剣のように風刃が無数飛び出し、羅刹姫に襲いかかった。

「なに!」

 羅刹姫は飛び上がり、かろうじて刃から逃れた。


 風刃は蜘蛛の糸を切り裂いた。

 円網の一部が崩れて、糸の塊が数個、落ちて行った。

 真っ白で見えなかったが、底はあったらしく、地面に転がった塊は糸がほどけて、囚われていた人は解放された。

 しかしみんな意識を失ったままだ。


「せっかくの獲物を!」

 怒りに顔を歪める羅刹姫に、流風は容赦なく風刃を繰り出す。

 刃をかわしながら、羅刹姫は指先から糸の束を投げた。


 矢のようなスピードで発射された糸の標的は流風ではなく華埜子だった。

「キャッ!」

 華埜子は糸の束に絡めとられ、そのまま引き寄せられた。


 華埜子を手元に引き寄せた羅刹姫は、体を密着させて盾にした。

「これで妙な武器は飛ばせないわね」

「弱い者を狙うなんて、卑怯なヤツ!」


「力のない者を攻撃するのは、人間の十八番おはこじゃないの」

 羅刹姫は華埜子の体に巻き付けた糸をきつく締めた。

「うっ!」

 糸が二の腕に食い込んで苦しそうなうめき声をあげる華埜子を、流風は歯をきしませる思いで見た。


「人間はひ弱な生き物よ、こんな細い腕、糸を引けば千切れちゃうわよ、そしてあたしの左腕みたいに再生することはないしね、出血多量で死んじゃうかしら? ここで命を落とすってことは、現実世界の体も生命活動を止めるってことよ」

 羅刹姫のあざけるような笑みは、楽しんでいるように見えた。


「あなたが何者かは知らないけど、ここで死ぬんだから関係なわね、あたしの糸にくるまって悲しみに溺れながら死になさい」

 羅刹姫は糸を飛ばすべく右手を前に出そうとした。

 その時、


「ギャァ!!」

 華埜子が羅刹姫の右手首に噛みついていた。

 猛犬のように歯をむき出して、顔を歪めながら必死で顎に力を込めていた。


 もちろん真琴のような牙はない、噛む力も普段は人並みだろう、しかしこの時は火事場の馬鹿力が出たようだ。

 羅刹姫は悲鳴を上げながら、華埜子の体を放して振り払おうとした。


「なにすんのよ!」

 しかし、犯人を捕らえた警察犬のごとく、華埜子は食らいついて放さない。

「離れて!」

 と流風の声が聞こえるまでは。


 華埜子は顎を緩めたとたん、振り回されていた勢いで飛ばされ、糸に拘束されたまま蜘蛛の巣に引っ掛かって絡まった。


 それと同時に流風は風刃を放っていた。

 今度は独立した短刀ではなく、竜巻が羅刹姫を包み込んだ。

 その渦は細かい刃が高速回転しており、四方八方から羅刹姫に襲いかかった。


「ギャァァァァ!!」

 竜巻が消えた時、全身傷だらけの羅刹姫の姿が見えた。

 どす黒い血が傷口から噴き出している。


「よくもあたしの美しい肌をズタズタにしてくれたわね!」

 般若の形相で流風を睨みつける羅刹姫だが、傷ついた両手はダラリと下がり、反撃する力は残っていないようだった。


 まだ生きてるのを見た流風はとどめを刺そうと、ポケットから独鈷を出した。浩平の形見は今も肌身離さず持っている。


 それを見た羅刹姫の顔から、わずかに残っていた余裕が消えた。


 流風が独鈷を投げた瞬間、羅刹姫はジャンプすると共に、矢のように逃げ去った。

 目にも止まらぬ速さで、どこへ消えたのかさえ分からなかった。


 羅刹姫が消え、標的を失った独鈷は蜘蛛の糸に突き刺さった。

 糸は独鈷の先からほぐれて、ハラハラと地面に落ち始めた。円網全体に弛緩が広がっていき、絡まっていた華埜子も落下した。


「痛たっ」

 お尻を打ち付けて顔を歪める華埜子の横に、流風は軽やかに着地した。


 流風の問いに華埜子は緩んだ糸をほどきながら、

「あなた、思い切ったことを」

「あ、顎が痛い」

「でしょうね」

「真琴がうてたんや、羅刹姫って見かけより全然弱っちいって」


 華埜子は周囲を見渡した。

「逃げ足も驚くほど速いって」

 真っ白い空間には崩れた蜘蛛の巣の残骸と、捕らえられていた人達が横たわる姿しかなかった。


「呪者が逃げてもこの場所は消えへんやて、どうしたらエエんやろ」

 と言いながら、華埜子は倒れている友哉が握っている筆に目をやった。

「そうや! 真琴がうてた筆って」

 なんの変哲もないただの筆に見えたが、華埜子はそれを友哉の手から拾い上げた。


「これが呪いの元凶なんやね、流風ちゃんの法具で浄化できひん?」

 流風は独鈷を拾った。

「あのおじさんの形見?」

 おじさん? 浩兄こうにいが聞いたら怒るだろうな、確かにオッサンだったけど、自分では認めてなかったし、と流風はフッと目を伏せた。

 浩平の豪快な笑みが瞼に浮かんだ。悲しみが胸を締め付けたが、もう涙は零れなかった。


「やってみるか」

 流風は決心したように瞳を上げた。



   *   *   *



「ほんまアンタら、仲良しやなぁ」

 つまらない口論を繰り広げる真琴と霞を、那由他は呆れ顔で見た。

「仲良しちゃう!」

 真琴は即否定したが、霞は、

「そうなのか? 真琴はわたしと仲良くしたくて突っかかってくるのか」

 ニヤリとした。


「違う!」

「照れなくてもよいでないか」

「なんで照れんならんねん!」


「ちょっと見て!」

 那由他が絵を指さした。


 絵がぼやけていた。

 絵の具がにじんで輪郭がぼやけ、風景が崩れていく。

 色が混ざり合ってグチャグチャになり、心揺さぶる風景画はたちまちただの絵の具のシミになった。


「呪いが解けたようやな」

 糸も消えていた。

「ほな、ノッコは?」

「魂が体に戻ってるんちゃうかな、行ってみよ」

 那由他が真琴の手を取った瞬間、二人の姿は森から消えた。


「おい……」

 残されて憮然と佇む霞。

「わたしを置いて行くな」


   つづく


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