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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第7章 糸
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その7

 霞と真琴はベッドに横たわる友哉を見下ろしていた。


「死にかけておるではないか」

「そのようやな」


 コンクール会場を出た三人は友哉の家を訪れた。

 両親が不在だったので、やむおえず勝手に上がり込んだ三人は、高熱で汗ビッショリ、意識がなくうなされている友哉を発見した。


「この時代の親は、こんな子供を置き去りにして仕事に行くのか?」

 呆れたように言う霞に真琴は、

「いくらなんでもそれはないやろ、朝はまだこんな状態とちごたんやろ」

 華埜子より重症に見える。


「見えるか?」

「ああ」

 友哉の頭からも糸が出ている。

「こ奴も絵に繋がれているようだな」

「自分が描いた絵に囚われるなんて、どうなってるんやろ」


「筆はどこにもないで」

 二人をよそに室内を物色していた那由他が言った。

「家中探したけど、なかったわ」


「ではどうする?」

「こういう時は現場百遍!」

 ふざける那由他に真琴は突っ込んだ。

「あんたは刑事か」


「それよりもあの絵、あのまま人の目に触れる所に置いておくのは良くないのではないか? さっきの真琴みたいに新たに取り込まれる者もいるだろうに」

「確かに」

 霞の言葉に那由他は大きく頷いたが、真琴は、

「なんでさっき言わへんかってんな! この間に犠牲者が増えてるかもかも知れんやん」


「気付かなかったお前に責められる筋合いはない」

 真琴に責められ、ムッとする霞。

「しゃーないな、あたしが取ってくるわ」

 那由他が言った。

「取ってくるって? 動かしても大丈夫か? 糸が切れたら」


「糸()うてもあれは物質(ちゃ)うし大丈夫やろ、とりあえず銀杏の森へ」

「ほな、向こうで落ち合お」



   *   *   *



 蜘蛛の糸に絡めとられて身動きできない流風だったが、不思議と締め付けられている苦しさは感じなかった。

 しかし、心の中には悲しみが充満して胸が痛かった。固く閉じた目尻からは涙が漏れ出して頬を伝っていた。


 なぜ、こんなに悲しいんだろう? 

 今まで胸の奥に秘めて堪えてきたのに、なぜ今になってこんなに溢れるのか? 

 ……そうか、華埜子の過去を見てしまったからなのか、と流風は思った。


 いつも優しく笑っている彼女が、あんな悲惨な過去を背負っていたなんて思いもよらなかった。

 洞察力はあると自負していたのに、笑顔の下に隠されていた悲しみに気付かなかったなんて、まったく人を見る目がない……流風は自分だけが不幸を背負っているような顔をしていたことが恥ずかしかった。


 華埜子の声が聞こえた。

 幻に惑わされずに自分を助けようとしてくれている声が……。


 彼女は強い心の持ち主だと流風は思った。目の前の光景に惑わされず、現実ではない! と言い切ったのだから。

 それに引き換え自分はどうだ? 幻に囚われている。


 情けない。

 返事をしたくても出来ない。

(聞こえているのよ! ちゃんと聞こえているの!)

 流風は声にならない心の中で叫んだ。


 その時、ふと、自分を呼ぶ声が華埜子だけではないことに気付いた。


(あの声は……霞?)

 どこからか聞こえる霞の声に気付いた時、流風の脳裏に別の風景が浮かんだ。





 霞草の花畑にいるようだった。

 しかし花に見えていたのは白い大蛇の鱗だった。


 大蛇は光に包まれた次の瞬間、純白の着物を着た美しい娘に姿を変えた。

 頬には紅がさし、穏やかなまなざしでこちらを見ていた。


 これはもしかして1200年前の智風の記憶なのか?


 流風がそう思った瞬間、別の風景に変わった。


 いいや、風景とは言えない漆黒の闇、まがまがしい邪気と清浄な霊気がぶつかり閃光が走る戦いの場だった。


 圧倒的な霊気が押している、勝利は目の前のはずだった。

 勝利を確信した刹那、ふと過ぎった思い。


 そうなのか、智風ちふうは帰りたかったんだ、霞が待つ山へ……。


 もしかして、これが敗因?

 仲間と共に命を懸けて戦わなければならなかった時に、生きて帰りたいと思ってしまった。その心に針の穴くらいの隙が出来てしまった。

 だからなのか……。


 でも今は、

(帰らなきゃ!)

 流風はカッと目を見開いた。





「離れて!」

 流風はやっと声を絞り出した。


 華埜子は流風の目力に圧倒されながら、2~3歩退いた。


 次の瞬間、

 内側から糸が切られて弾け飛んだ。


 バラバラになった蜘蛛の糸の塊だった場所には、流風がスクッと立っていた。

 元の中学生の姿に戻っている。


「大丈夫!?」

 流風の顔を覗き込んだ華埜子の視線は同じくらい、そう、いつの間にか華埜子も元の姿に戻っていた。


「あ、元に戻ってる」

「ノッコが呼んでくれたから」

「よかったぁ」


 流風は険しい表情で周囲を見渡した。

「ここから出なきゃ」


   つづく


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