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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第7章 糸
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その6

「ここは……」

 そこは見るからに女の子の部屋だった。


 華埜子は茫然としたまま、フラフラとベッドのところへ行き、枕元に置いてある茶色い小犬のぬいぐるみを手にした。

「チロちゃん……」

 そこは自分が小5まで過ごした部屋だと、華埜子は確信した。


 そうとは知らない流風は、風景の一変に訳がわからず唖然としていた。


 その時、


「キャァァァ!」

 階下から悲鳴が聞こえた。

「ママ!」

 その声にすぐ反応した華埜子は、ぬいぐるみを手放してドアへ向かった。

 一人になるのを恐れた幼い流風は後を追った。





 階段を駆け下り、ダイニングへ行った華埜子は入口で立ち尽くしていた。

 追いついた流風は、横から室内を見て息を呑んだ。


 食卓には夕食が要されていた様子だが、荒らされて床にハンバーグやサラダが散らばっていた。


 30歳くらいの男が立っていた。

 手にした包丁には血のような赤い液体がベットリついている。

 男の足元には女性が横たわっていた。


「ママ……」

 華埜子は震える唇から声を絞り出した。

 足はガクガク、立っているのがやっとと言う感じ。


 倒れたママの体の下からは鮮血がドクドクと広がっていた。

 そして、その奥にはもう一人、パパだろう男性も倒れていた。同じく血の海の中に。


 凄惨な光景を目の当たりに固まっていた流風を突き飛ばして、横をすり抜け、幼い男の子がダイニングに駆け込んだ。

「ママ!」


「アカン! 明希斗あきと!」

 止めようと伸ばした華埜子の手は明希斗に届かず空を掴んだ。

 明希斗は倒れているママに一直線、包丁を持った男など目に入っていなかった。

 明希斗は倒れているママに駆け寄った。


 男は無造作に包丁を持つ手を振り上げた。

「やめてぇ!!!」

 華埜子の叫びもむなしく、包丁は振り下ろされた。

 一瞬の出来事だった。

 華埜子は一歩も動けなかった。


 包丁は明希斗の背中にグサリと突き刺された。

 明希斗は悲鳴をあげることもできなかった。

 男が包丁を抜くと明希斗の体はママの上に重なった。


 続いて男は華埜子に目をやった。

 虚ろな目、感情が見えない男の顔は能面のようだった。

 男はまた包丁を振り上げながら華埜子に迫った。


「逃げて!」

 流風は華埜子の手を掴んだ。

 そして男は目の前、しかし、華埜子は動かない。


「これは夢や!」

 そう言いながら流風の手を強く握り返した。

 男の虚ろな目をまっすぐ見上げた。


「あんたは捕まって刑務所や! 現実であるはずない! よ覚めて!」

 男から目をそらさずに叫んだ。


 次の瞬間、


 周囲が真っ白になった。

 リビングダイニングも、男も、ママもパパも明希斗も消えた。



   *   *   *



 深い霧に包まれた場所になっていた。

 そして周囲には、大きな蜘蛛の巣が張り巡らされていた。


 白い霧の中に広がる蜘蛛の巣の中に華埜子は立っていた。

 円網の所々に糸の塊がある。よく見ると、手や足がはみ出している。おそらくグルグル巻きにされているのは人間なのだろう。


「今のは、なに……?」

 流風は恐る恐る華埜子を見上げた。


「あれは……小5の時起きた事件の記憶」

 華埜子は焦点の合わない目で言った。

「それじゃ、あなたの家族は」

「みんな殺された、あたしも刺されたんや、けど奇跡的に助かってしもた」

 固く握りしめた拳が掌に食い込んでいた。


「犯人はすぐに捕まったわ、近所に住む男でな、そいつは自分の家庭環境が最悪で、その上、なにをやってもうまく行かへんし絶望してたらしい、それで、いつも幸せそうなうちの家族を妬んで、滅茶苦茶にしてやりたかったんやて」

「そんな理不尽な……」


 流風は泣きながら華埜子に抱き着いた。

「そんな辛い目に遭ってたなんて! なのになぜ笑顔でいられるの?」

「……なんでやろな」

「犯人が憎くないの? 恨まないの?」


「憎んでも恨んでも、家族は生き返らへんし、そんな気持ちに囚われてたら犯人と同じになってしまう……」

「あたしは、そんなふうに思えない」

 流風は憎んでいた。自分を捨てた親を、浩平を殺した妖怪を、自分の生い立ちの不幸すべてを恨んでいた。


「流風ちゃん?」

 気が付くと幼い流風の体は糸に絡めとられて、胸元まで隠れてしまっていた。


「なんで?」

 華埜子は慌てて糸を解こうとしたが、粘着力が強くて剥がせない。

 その間にも、蜘蛛の糸は重なり、流風の体を包んでいく。


 流風は目を閉じ、グッタリとした。


   つづく


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