その4
「今日は七人も休みか?」
教室内、本間咲子は目立つ空席を見渡した。
「ノッコもダウンしてるみたいやけど、大丈夫かな」
七瀬真琴が心配そうに欠席している華埜子の席を見た。
「既読にもならへんし、帰り、様子見に行こか」
咲子も心配してはいるのだろうが、いつもと変わらず明るい弾んだ声がそれを感じさせなかった。
「そやな、叔母さん仕事で帰りは遅いみたいやし、なんか食料持って行ってあげよ」
華埜子は叔母と二人暮らしなので、一人で家にいるだろう華埜子を案じていた。
「インフルエンザとは違うみたいやけど、そうとう性質悪い風邪やな、うちの学校だけ違て、他でも出てるみたいやで、既に学級閉鎖になってるとこもあるみたい」
咲子が言った。
「他の学校では意識不明の重体で入院した人もいるみたいやで、なんか別の伝染病も疑われてるらしいけど、まだハッキリわからんみたいやわ。あたしらも気ぃつけなアカンな」
咲子は腕組みしながら難しそうな顔をした。
「……ノッコ、大丈夫かな」
真琴は一人で家にいる華埜子がにわかに心配になった。
「意識不明になってたりしいひんやろな」
「まさかぁ」
真琴はじっとしていられなくなって立ち上がり、
「行ってくるわ」
「えっ、授業は?」
咲子が止める間もなく、教室から出て行った。
* * *
きらびやかに荘厳された祭壇の前に、背中が丸くなった小柄な老女、雫がチョコンと座っていた。
突然、雫の後方に白い光の玉が出現した。
それが小さくなると、白い着物姿で妖艶な美しさを醸し出す霞が現れた。
「流風の具合はどうや?」
雫は振り向きもせずに尋ねた。
「まだ熱は下がらん、苦しそうだ」
「そうか……」
雫の表情が翳った。
霞は神妙な面持ちで雫の横に正座した。
「魂が、なにかに囚われている」
「ただの風邪やないと思てたけど……」
「どこで囚われたのかが分かれば、対処の方法もあるのだが」
霞は祭壇の中央に安置されているご神体の銅鏡に目をやった。
「鏡はなんと言っておる?」
「筆……」
「筆?」
霞はハッと目を見開いた。
「なんか心当たりがありそうやな」
「ああ」
立ち上がる霞。
霞は再び白い光の玉になり、消えた。
霞と入れ替わりに颯志が入室した。
「感心しませんなぁ、妖怪を神聖な祭場に入れるのは」
眉間に皺を寄せ、渋い表情。
「霞はただの妖怪違うで、左京の山の守り神や」
「ま、雫様がそう言うんやったら、しゃーないけど、儂は体が受け付けへん」
「頑固やなぁ」
颯志は霞の後方に正座した。
「けど、困りましたなぁ、流風になんかあったら、分家の真佐が黙ってへんで」
「大丈夫やろ、流風には守り神の霞が付いてるんやし、死なせるようなことはない」
「なんであの子を京都にとどめることにしたんですか?」
「鏡がそう言うてる」
「ほんまですか?」
颯志は疑いの目を向けた。
「向こうも、優秀なハンターを手放したないみたいやし、真佐も本心は面白ないでしょ」
「うちが鏡に見た言うたら、従わん訳にはいかんやろ」
雫は意味ありげな笑みを浮かべた。
「相変わらず狸ですなぁ、まあ、初めてあの子を見た時、呼び寄せた訳が分かりましたけどな」
「聞こえたか、あの子の心の叫びが」
「感情を押し殺した暗い瞳、身につまされる思いがしました」
「あの子はこれからも運命に翻弄されるんやろなぁ」
雫は遠い目をして宙を見た。
「やはり、鏡に……」
颯志はもう一度聞こうとしたが、雫はコクリと首をうなだれた。
そして無邪気な寝顔で、寝息をたてはじめた。
それを見て、颯志は苦笑をこぼした。
つづく




