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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第7章 糸
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その3

 綾小路あやこうじ浩平こうへい流風るかの教育係だった。

 屈強な大男で一見強面(こわおもて)だが、裏表のない性格で根は優しい男だった。幼い流風に妖怪ハンターのイロハを叩き込んでくれた、生き残る為の術を教えてくれた師匠だった。


 物心ついた時から、訓練に明け暮れ、子供らしい生活はさせてもらえなかった流風だったが、浩平はただ一人、甘えることができる、信頼できる大人だった。


 それがあの日……。



   *   *   *



「まずったなぁ」

 浩平と流風は渓谷に追い詰められていた。

 右手は切り立った崖、その上には紅葉が美しく色づいている。左手は急流が飛沫を立てていた。


 河原を砂利鼠じゃりねずみの大群が押し寄せていた。

 浩平は流風を肩に担ぎ上げると、急流の中に入り、中洲の岩まで非難した。


 しかし鼠たちは果敢に川へ飛び込み、流されながらも、幾重にも重なりあい、中洲に迫ってきた。


 ここまで来るのは時間の問題、もう逃げ場はない。

「お前が行け」

 そう言った浩平の視線の先には、ひときわ大きな岩石鼠がんせきねずみがいた。牙をむき、こちらを威嚇しているように見えた。


「あいつをれば、砂利は消える」

「どうやって」

 浩平は胸元から金色に輝く独鈷どっこを取り出し、流風の手に握らせた。


「俺があそこまで飛ばす」

 浩平が立つ岩を砂利鼠達が上りはじめた。

「一撃で、れるな」

「わかった! 早く飛ばせて!」

 鼠が浩平の足元に達したのを見て、流風は焦った。


「まだだ、まだ届かない」

 足に食いつく鼠を浩平は蹴散らしながら、踏ん張っていた。

「早くしないと、浩兄こうにいが!」

「お前は生き残れ」

 浩平は寂しそうに微笑んだ。足元はもう鼠に埋め尽くされ、腰のあたりまで上って来ている。


 大軍と共に親玉の岩石鼠も近づいて来た。

「行けぇぇ!」

 浩平は砲丸投げのように、流風の体を飛ばした。


 流風の小さな体は矢のように、岩石鼠に一直線。

 飛ばされながら流風の目の端に、一瞬、浩平の姿が入った。

 と言っても、もう首元まで鼠に覆いつくされていた。

 

 しかし、目だけは流風の行方をしっかり見届けていた。


「いやあぁぁぁ!」


 流風は握りしめた独鈷の先を、岩鼠の額に突き立てた。





 岩石砂利鼠は凶暴ではあるが低能な妖怪だ。優秀なハンターだった浩平が、なぜあんな雑魚に敗れたのか、浩平の死を知った綾小路家の人々は訝った。


 優秀なハンターを失い、後継者を育てることが急務となり、流風の訓練は以前にも増して厳しくなった。

 浩平の死は流風のせいだと思っている者もいて、風当たりもきつかった。



   *   *   *



「流風ちゃん! 流風ちゃん! 流風ぁぁぁ!」

 華埜子かのこの大声に、流風はハッと我に返った。


「大丈夫?」

 流風は涙でクチャクチャになった顔をあげた。

「あたしを助ける為に……」

 流風はまた顔を伏せて頭を抱えた。

 涙がとめどなく溢れた。


「鼠、消えたみたいやで」

「えっ?」

 流風は鼠の鳴き声がしないのに気付いた。


「いつの間に親玉やっつけたん?」

 なにもしていない、ただ、昔のことを思い出して……。

 あれは幻だったのか? しかし浩平の顔が脳裏に浮かび、流風の目からまた涙が零れた。


 そんな流風を見て、華埜子はどうしていいかわからず繰り返した。

「大丈夫や、鼠はいなくなったんやし」


 そうじゃない、鼠が怖くて泣いているんじゃない、悲しいことを思い出したから……。だが、言葉にならなかった。幼い流風はただ、しゃくり上げながら泣き続けた。


 流風自身、なぜこんなに涙が出るのかわからない、自分が人前でこんなに大泣きするなんて信じられない。しかし悲しみが止まらず、涙が滝のように流れるのを堪えられなかった。


 その時、流風は華埜子に腕を強く掴まれていることに気付いた。

 尋常でない握り方に、驚いた流風は涙も途切れ、華埜子を見上げた。

 華埜子の顔は青ざめていた。


「ここは……」

 華埜子の視線を追って部屋の中を見た流風は驚き、涙は完全に引っ込んだ。


 さっきまでは古い民家の屋根裏部屋、埃のかぶった物置のような所だったのに、景色が一変していた。


 そこは子供部屋。

 ピンクの花柄のカーテンに、ピンクのベッドカバー、勉強机の横には赤いランドセルがかかっていた。


 見るからに女の子の部屋だった。


   つづく


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