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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第1章 氷室
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その7

 干からびた野猿の屍が、木の枝に引っかかっていた。

 珠蓮は頂からそれ見下ろしながら、異様な空気をヒシヒシと感じていた。


 木々の隙間に何かが光った。

 それを確かめるべくジャンプした。


 音を立てずに着地して辺りを用心深く窺ったのは、異臭を嗅ぎ分けたからだ。

(人間の血)


 光の正体はバックミラー。

 そこには大型バイクが2台、倒れていた。


 バイクの横に若い男が一人、横たわっているのが見えた。

 珠蓮は付近に人影がないのを確認してから近付いた。

 男は猿轡を噛まされ、両手両足を縛られていた。

 気を失っているようだ。


 !!


 気配を感じた珠蓮は、近くの木の上に飛び上がった。


 ほどなく作務衣姿の男が一人、現れた。

 体格のいい60歳くらいで、少し猫背で目つきの悪い髭面だった。


 姿は人間だ。しかし血にまみれた獣の臭いがする。

 珠蓮の鼻はその男が人間ではないことを嗅ぎ分けた。

 作務衣男は若い男を肩に担いだが、次の瞬間、


 若い男を珠蓮向かって放り投げた。


(気付かれてたか!)


 若い男の躰はボールのように軽々と珠蓮に向かって来た。

 珠蓮は隣の木に飛び移り、直撃を免れた。

 若い男は木に当たってから地面に落下した。


 その時はもう作務衣男の姿は地上になく、珠蓮が移った木を登っていた。

 両手両足を器用に動かし、スルスルと登る姿は猿そのもの、俊敏な動きで珠蓮に飛び掛かった。

 珠蓮は蹴りを入れて応戦した。

 が、男の厚い胸板はもろともせず弾き返されてしまった。


「くっ!」

 珠蓮は歯を食いしばりながら着地した。と言うより落ちた。


 続いて男も飛び降りた。

 ガニ股で珠蓮の前に立った男は、四股を踏むような格好で珠蓮と対峙した。


(強い!)


 このままでは歯が立たないと感じた瞬間、珠蓮の眼が赤く煌めいた。

 両手はたちまち黒い毛で覆われ、爪は刃と化した。


 それを見て、男が一瞬たじろいだ隙を珠蓮は見逃さなかった。


 珠蓮の右手が男の胸を突いた。

 刃の爪は厚い胸板を突き破って食い込んだ。


「グオォォ!」

 怒りの叫びを上げながら、男は両手を振り上げたが、その時はもう目の焦点が合ってなかった。


 珠蓮がダメ押しに力を込めると、右手は男の体を貫通した。

 その拳には心臓が握られていた。


 男の体から力が抜け、全体重が胸を貫く珠蓮の右手に圧し掛かった。

 70㎏くらいの重さを受け、珠蓮は足を踏ん張ったが、それも数秒のことだった。

 男の身体は砂のようになって崩れはじめた。

 あっという間に形が無くなり、掌からも砂が零れ落ちた。


(同類だったのか?)

 珠蓮は地面に残った残骸を見下ろした。

 やがて微風にさらわれて散った。


「違うな、吸血鬼や」

 気が付くと横に那由他なゆたが立っていた。


 ギョッとして、珠蓮は一歩身を引いた。

「相変わらず、気配がないな」

 那由他は幽世かくりよ現世うつしよの隙間を自由に移動できるので神出鬼没だ。


「あ、同類か……吸血鬼も鬼の一種やしな」

「全然違う!」


 珠蓮は500年くらい前、鬼に噛まれた。

 鬼に噛まれてなお命が助かった人間は、やがて毒に侵され鬼と化す運命を背負う。

 不死身の身体となり、人の心を失って、やがては人を襲い心臓を食っては妖力を増強させ、長い年月生き続ける。

 珠蓮も本来ならそうなってしてしまうところ、当時、悠輪寺の住職だった高僧の元で厳しい修行を積み、鬼の妖力を持ちながらも、人間の姿と理性を保てるようになった。


 そして、家族を惨殺し、自分をこんな身体にした仇の鬼を捜し続けている。


「あーあ」

 那由他は縛られている若い男を見下ろした。

 どう見ても不自然な体勢である。放り投げられ、落下した時、頸椎を含むあちこち折れたようだ。

「話、聞けへんなぁ」


「なにしに来たんだ?」

「おばぁ様がうるさいんや、真琴はまだ見つからへんのかって……、あの人、苦手や」

 那由他は頬を膨らませた。

「で、逃げて来たのか?」

 呆れ顔で言う珠蓮に、わざとらしい笑みを向けた。

「助太刀や」


「ここまで来たら、あたしでもわかる」

 那由他は木々の隙間から向こうを見た。

「ああ」

「真琴、厄介なヤツと出くわしたみたいやな」

「生きてるかな」

 珠蓮も那由他の視線を追って、木々の隙間を見た。


 本豪邸がある方向だった。


   つづく


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