その2
「ここはどこ?」
華埜子はキョトンとしながら目の前に広がる田園を見た。
青々とした稲穂が風になびいていた。真っ青な空には太陽が輝いている。今は冬なのに、その日差しは真夏の厳しさだった。
呆然としている華埜子の横で、流風は素早く振り向いた。が、たった今、出てきたはずの会場は消えていた。
二人は田んぼのあぜ道にポツンと立っていた。
華埜子は流風の腕をギュッと握った。
「どうなってんの?」
と言った華埜子を見た流風は、自分の目を疑った。
華埜子の身長が縮んでいる。いや、背が低くなっているだけではなかった。そこにいた華埜子はどう見ても小学生高学年くらいだった。
「えっ?」
華埜子の方も驚きの目を向けている。
「なんで~~!!」
二人は揃って声を上げた。
「流風ちゃんやんな? なんでそんなに小さなったん?」
そう、流風も小さくなっていた。
流風の方は華埜子より幼く小学生低学年。
二人ともなにが起きたのか全く分からない。不可思議な体験はたくさんしている流風だが、あまりにも唐突すぎる。
「なあ、この風景、似てると思わへんか?」
「ええ、金賞の絵でしょ」
「もしかして、絵の中にいる?」
その時、足元から地鳴りのような振動が伝わった。
「今度はなに?」
稲穂が悲鳴を上げながら次々と倒れていくのが見えた。
その波が二人に向かって押し寄せてくる。
流風はこの光景に見覚えがあり、青ざめた。
倒れた稲穂の上をネズミが跳ねているのが見えた。ネズミと言っても普通ではない、石ころのように角張った不自然な形相のネズミたちだった。
「砂利鼠!」
叫ぶと同時に華埜子の手を取り走り出していた。華埜子は訳が解らないもののつられて走った。
「逃げなきゃ!」
「どこへ?」
「とりあえず、あの家に!」
少し離れたところに民家があった。
瓦屋根の立派な家だった。人が住んでいるかはわからないが、とにかく建物の中に逃げ込もうと、流風と華埜子は走った。
玄関の鍵はかかっておらず、飛び込んだ二人は扉を閉めて鍵をかけた。
ゴーッと地響きが迫ってくる。と同時にチュンチュンと鳴き声も重なり合って聞こえてきた。
「なんなん、あれ?」
華埜子の問いに、
「砂利鼠と言う妖怪よ、前に一度襲われたことがある、飲み込まれたら最後、骨まで食い尽くされるわ」
「そんなぁ」
でも、あんなに大量発生するなんて異常だ。それに、この場所自体が異常なのだが考えている暇もない。
「こんな木造の家じゃ、もたないわ」
「どうすんの」
「親玉の岩石鼠を殺せば、砂利は消えるんだけど」
「こっち」
階段を見つけた流風は迷わず駆け上がり、華埜子も続いた。
上った先は部屋ではなく、屋根裏の物置部屋だった。
小さな窓があり、そこから外を見ると、砂利鼠の大群は田んぼを埋め尽くしながらこちらへ向かっていた。
「見つけた!」
流風は遠くを指さした。
大群の中に、ひときわ大きな鼠が見えた。それはゴツゴツした鼠の姿はしているものの熊くらいの大きさに見えた。
家が揺れ始めた。砂利鼠達が到達し、家に体当たりしているのだろう。
「でも、どうやって殺すん? あんな遠くにいるんやで」
流風は窓から身を乗り出した。
「風の能力を使えば!」
風の能力を自分のモノにするため、秘かに訓練を重ねた流風には、一撃で親玉に致命傷を与える自信があった。
流風は思い切り手を突き出した。
風刃が指先から放たれる。
しかし、小学生の小さな手から出た風刃は威力もなく、飛距離も伸びなかった。 岩石鼠のいる場所まで、半分も飛ばない。
「そんな……」
家の揺れが激しくなった。
見下ろすと、既に異常な大群に包囲されている。砂利鼠達は壁に体当たりし、先に到達した仲間を踏み台にして、壁伝いに這い上がっていた。
それだけではなく既に一階のドアか窓が破られてるようだった。階段を駆け上がってくる音がした。すぐそこに迫っている。
華埜子は立てかけてあった箒を手にして、ドアの隙間から頭を出した鼠を突いた。
「流風ちゃんやったら、窓から屋根に上れるやろ、早よ!」
「ノッコは!」
「あたしはここで食い止めるし、親玉をやっつけて!」
しかし、隙間から侵入した鼠の数は増える一方、箒ではとうてい追い払えない。華埜子が飲み込まれる前に岩石鼠を殺れるとは思えない。
「なにしてんの、早よ!」
そう言った華埜子の目が、浩平の目と重なった。
今の華埜子は小5の女の子、浩平は30過ぎのオッサンだった。まったく違う二人なのに、訴える目は同じだった。
自分はどうなっても、流風だけは助かってほしいと訴える目……。
流風の脳裏に、あの時のことが甦った。
あれは流風が9歳の時、そう、今の姿はあの時の流風と同じ年なのだ。
つづく