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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第7章 糸

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その1

「これって画材屋かな? こんなとこにあったかなぁ」

 桑島くわしま友哉ともやは古めかしい店の前に立っていた。


天糸堂してんどう”と書かれた看板を見上げた。

 美術部に所属し、今、中学生対象のコンクールに出品する絵を描こうとしている友哉は、見慣れない画材店に心魅かれた。


「どうぞ、遠慮なく中に」

 突然、声をかけられ振り向くと、綺麗なお姉さんが微笑んでいた。

「え、ええ」


 体にフィットした黒いワンピースはプロポーションの良さ、特に巨乳を強調し、妖艶な雰囲気を漂わせるその女性がこんな古めかしい店の店員だとは意外だった。

「見るだけもいいのよ」

 強く促されて、友哉は中に入った。


 こじんまりした店内は、筆で埋め尽くされていた。

「ここは?」

 美しくディスプレイされた筆はどれも輝いて見えたが、それもそのはず、値札の金額は友哉が普段手にしているモノよりゼロが一つ多かった。


「画材と言っても、ここは筆の専門店なのよ」

 店員は一本を手に取りながら言った。

「ここの筆を使えば、素晴らしい絵が描けること間違いなしよ」

 そう言われても、今日は所持金が少ないし……とためらっていた。


「これなんかどうかしら」

 店員はおかまいなしに一本を選んで友哉に差し出した。


「蜘蛛の糸を使った珍しいものなのよ」

「蜘蛛の糸?」

 店員は悪戯っぽく肩をすくめて、

「騙されたと思って使ってみてよ」


「でも……こんな高価なもの、中学生の僕にはとても……」

「お代はいいのよ、出世払いで」

 優しく微笑みながら筆を握らせてもらった友哉は、吸い込まれるような黒い瞳で見つめられてドキッとし、頬がカッと熱くなった。


 胡散臭い店ではあるが、美しいお姉さんになら騙されてもいいかなと友哉は思った。蜘蛛の糸だなんてありえないし、きっと値札もぼったくりなのだろうが、今日はサービスしてくれると言っているし……。


「今度のコンクール、入賞間違いなしよ」

 その筆を手にした時、友哉も不思議とそんな気がした。


「頑張って、きっと素敵な絵が描けるわ」

「あ、ありがとう」



   *   *   *



“まほろば絵画コンクール”のスタンドボードが置かれた会場。

 中学生を対象とした絵画コンクールの受賞作が展示された場内は、来客で賑わっていた。


「おめでとう、桑島くん」

 コンクールで金賞を受賞したクラスメートの絵を見に来ていたつつみ華埜子かのこは、作品の前で友哉にお祝いを言っていた。

「ありがとう」

 友哉は照れ笑いした。


 友哉があの胡散臭い画材屋でもらった筆で描いた作品は、見るもの全てを魅了する不思議な風景画だった。


「綺麗な風景やけど、どこ?」

 それは山を背にしたのどかな田園風景だった。

「お母さんの実家近く、田んぼばっかりの田舎やろ、子供の頃よく妹と遊びに行った思い出の場所なんや」

「妹さんって確か去年、病気で……」


 友哉の妹は去年、亡くなっていた。とても仲のいい兄妹だったので、友哉はショックのあまり、一か月も寝込んでしまっていたので、華埜子たちクラスメートはとても心配した。


 その後、明るい少年だった友哉から笑みは消え、未だに立ち直っていないようだった。今日も口元は笑っているものの、顔色は青白く病人のようだ。


 それでなのか……、華埜子は再び友哉の絵を見た。

 とても美しい風景ではあるが、どこか悲しげな色に見えたのは、友哉の悲しみが塗りこめられていたからなのだろうと華埜子は思った。


「引き込まれそうな絵だね」

 見入っていた華埜子は、突然、声を掛けられてビクッとした。

流風るかちゃん!」

 いつの間にか華埜子の横に並び、流風も友哉の絵を見ていた。


「久しぶり~、ずっと京都にいるって聞いてたし、また会いたいと思てたんやけど、こんなとこで会うとは」

 流風がここへ来たのは偶然だった。たまたま通りかかり、なんとなく入ってみたら、華埜子の姿を見かけ、なんとなく声をかけたのだった。


「流風ちゃん、これから予定あんの?」

「別にないけど」

「ほな、ケーキでも食べに行かへん? 近くに美味しいお店あるし」

 甘いものはあまり好きではなかったが、無邪気に微笑む華埜子を見て、流風は断れなかった。


 華埜子と流風は揃って会場を後にした。


「えっ?」

 ドアを出たところで二人は立ち止まり、目を丸くした。


 なぜなら、そこにはのどかな田園風景が広がっていたから……。


   つづく


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