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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その14

 那由他と珠蓮、真琴は、千幸を追って銀杏の森へ来た。


 真琴はこれ以上かかわり合いたくなかったが、千幸が鬼化して我を失くした時、珠蓮と那由他では歯が立たないので、仕方なく同行した。


「なんで、今頃になって思い出したんやろ、毎晩、夢に見て」

「今頃になって、鬼の毒が回り始めたんだ」


「確か言ってましたよね、鬼の毒は汚れた心に巣食って増幅する、心が汚れなかったら、鬼と化すことはないって」

「よく覚えてたな」


「昨日のことのように思い出しました、……あたしの心、汚れてしもてんな」

「そうでもないよ、普通なんだ、みんな嫌なことがあって悩んだり、意地悪されて落ち込んだり、人間不信に陥ったり、そんなことは誰にでもあるんだ。……でもお前の場合、そんな普通のことさえダメだったんだ」


 千幸はただ宙を見つめていた。

「あれは夢とちごたんや……、あたしが嫌やと感じたら無意識のうち、殺しに行ってたんやな」

 千幸はガックリと膝をついた。


「なんてことを!」

 両手で顔を覆った。


 ラブラドール・レトリバーの首が、

 高梨夫人の首が、

 刑事達の首が、

 小南の首が、


 そして母親の首が、次々と、固く閉じた瞼の裏に浮かんだ。


 肩を震わせる千幸を見ながら、珠蓮が辛そうに言った。

「こんな思いをさせるなら、あの時にケリをつけておくべきだった」


 その言葉に千幸の震えが止まった。

「でもね……、あたしこの8年、楽しいこともいっぱいあったし、けっこう幸せやったんですよ」

 そしてゆっくり顔を上げて珠蓮を見上げた。


「だから……、助けてくれて、ありがとう」

 涙に濡れた千幸の笑顔に、珠蓮は胸をえぐられた。


「あたしも砂になるん?」

「あの時の鬼は何百年も生きていたんだと思う、お前はそんなに長く生きてないから」


 千幸は涙でグチャグチャの顔を真琴に向けた。

「ありがとう、七瀬さんが止めてくれへんかったら、あたし、もっとぎょうさんの人を傷つけてたんやな」


 そこで口籠った千幸を見て真琴は、

「なんであたしが化け猫になったか聞きたそうやな」

「真琴はアンタらとちごて、生まれつきなんや、親父さんが何千年も生きてる化け猫の妖怪やねんで」

 那由他がなぜか得意げに答えた。


「あんたも?」

「あたしは銀杏の妖精や」

「妖精(ちゃ)うやろ!」

「妖精じゃないだろ!」

 すかさず真琴と珠蓮が声を揃えた。


 そんな様子を見て、千幸はクスッと笑みを漏らした。

「七瀬さん、華埜子ちゃんにもありがとうってうといて、華埜子ちゃんが声かけてくれへんかったら、正気に戻れへんかったし」


「宮田も蓮みたいに修行したら? コントロールできるようになるかも」

 真琴は同意を求めるように珠蓮を見たが、珠蓮は首を横に振り、千幸に視線を戻した。


 千幸は両手で肩を抱くようにしながら震えていた。

 その手の甲には黒い毛が伸び始めていた。目も赤く煌めいたり、元に戻ったりと点滅状態、表情は苦悶に変わりつつあった。


「無理やな、この子には耐えられへん、修行の過酷さは半端なかったんやで、こんなにチャラチャラしてても、血の滲むような努力をしたんや」

 那由他が言った。

「誰がチャラチャラしてるんだ!」

「はよ決断しな、ヤバいんちゃう?」


「う……」

 千幸の身体を覆い始めた毛はドンドン伸びて、目の赤さも輝きを増している。そしてなにより苦しそうだった。

 奪われようとしている理性を保とうと必死なのだろう。

 すがるようにこちらを見た千幸から、真琴は一歩退きながら身構えた。

 

 珠蓮の眼が、千幸とシンクロするように赤く煌めいた。そして前に出した右手が黒い毛で覆われ、爪が小刀のように鋭く伸びた。


 次の瞬間、それを千幸の胸に突き刺した。


 珠蓮の攻撃を千幸は避けずに受け止めた。

 目が大きく見開き、口の端から血が零れた。


 珠蓮が手を引き戻すと、そこには心臓が握られていた。


 千幸の唇がなにか言いたげに開いた時、大量の血液が溢れ出し、声は失われた。


 千幸はゆっくり目を閉じると、そのまま崩れ落ちた。


 真琴は一部始終をしっかり目に焼き付けた。

 珠蓮は千幸の心臓を握りしめたまま立ち尽くしていた。


 倒れた千幸の身体の下に真っ赤な血が広がった。


「まだ血は赤かったな……」

 那由他がボソッと言った。


   つづく


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