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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その11

 校門を通過した千幸は、教室に向かった。


(心配してるかなぁ、あたし遅刻なんかしたことないし)

 足が重い、やっぱり今日は帰ろうかな、などと迷いながらも教室の前に着いてしまった。

 

 ちょうど休み時間で、室内はざわついていた。

(おはよ)

 小さな声で挨拶しながら入室したが、聞こえなかったのか、誰一人、返してくれる者はなく、みんなそれぞれの雑談に花を咲かせていた。


 千幸は気付かれることなく自分の席まで来た。

 そこには芽生、春菜、久美がいた。


(おは……)

 言いかけたが、

「千幸、やっぱり来いひんか」

 芽生が言った。


(えっ?)

 その時、千幸は芽生のすぐ横に立っていた。視界に入っていないはずないのに、まるで見えていない様子である。


「誰か連絡してみた?」

 三人は顔を見合わせながら首を横に振った。

「なんてうたらいいか、わからんし……」

 春菜が気の毒そうに言った。

「来れへんよな、あんな噂流れたんじゃ」

 と、久美。


(噂って?)

 千幸は三人の輪に入ろうとしたが、その時、


「宮田千幸は来てへんの?」

 一際大きな声が室内に響き渡った。

 声の主はドア口に立っている小南とその仲間数人、みんな意地悪そうな笑みを口元に浮かべながらズカズカと入室した。


 そして室内の全員が注目する中、

「やっぱり来れへんよな、自分の母親が高梨先生と不倫関係にあって、奥さん殺しの容疑者になってるんやもんなぁ」

 室内の隅々まで届くような大声で、説明するように言った。


 千幸はフリーズした。

「もし来てたら、どんなツラ下げてんのか見てやりたいと思ってんけどな」

 腕組みをして得意げに踏ん反り返っている小南の位置からも見えるはずなのに、自分が居るのに気付かない?

 千幸はその不条理に気付いた。


 もしかしたら、これは夢?

 自分の不安が生み出した夢なのか、それともまた予知夢なのか?


「アンタなぁ、いい加減なこと言わんときや」

 芽生が小南に睨みをきかせたが、

「宮田が来てへんってのが、真実やと証明してるんちゃうの?」

 小南はひるまない。


「千幸への嫌がらせにアンタが流したデマやろ」

「あたしかて今日初めて聞いたんや、けど、やっぱりなぁって思たわ、親子揃って人の道に外れた淫乱やな」

「なんやて!」

 たまらず拳を振り上げる春菜を芽生が止めた。


 予知夢なら、明日にはこんな噂が学校中に広がっているってこと?


 やはり刑事が訪ねて来たことを近所の人が見てたんだ。同じ学校の生徒も近所に住んでいるし、誰かが興味本位に漏らしたんだろうか? それが小南の耳に入ってしまって……。


 そうなればもう終わりだ。


 大塚くんの耳にも入るし、きっとみんなに軽蔑される。芽生や春菜はかばってくれてるけど、これは夢、実際はどう思うか……。春菜なんか純粋だからきっと受け付けない、みんなに白い目で見られる。そんなの!


「いやぁぁぁ!!!」


 喉の奥から絞り出すように声をあげると、千幸の体がフッと軽くなった。

 

 ガチャーーーン!!

 窓ガラスが割れたのも同時だった。


 外側も廊下側も、すべての窓ガラスが一瞬にして粉々に砕け散った。


「キャァ!」

「なんや!」

「うわぁ!」


 室内はたちまちパニック、悲鳴を上げながら飛び出す生徒たち、中には流血している者もいた。

 床は砕けたガラス片が散乱し、慌てて足を取られ転倒し、鋭い破片で負傷するドン臭い奴も多数、さらなるパニックを誘発した。


 自力で逃げられる生徒は我先にと脱出し、負傷して逃げられなかった生徒が倒れていた。芽生、春菜、久美は重なり合うように倒れていた。生死の確認は、一見したところでは出来なかった。


 立ち尽くす千幸の足許に黒いボールが転がって来た。


 それは小南の頭部だった。

 白目をむいた顔が上向きに、千幸はそれを見下ろしたが、なぜか冷静だった。


 どうせこれも夢なのだ、小南が死ぬのは今ではない。


 じゃあ、今なら助けられる?

 今、目を覚まして小南のところへ行けば、助けられるのか? どうやって? 犯人も判明してないし、方法もわからないのに……。


 ちょっと待って、小南が噂を聞きつける前に死んでくれたら、学校中に広まることはないのかも、小南なんか殺されてもイイし!


 千幸がそういう結論に達した時、フッと意識が遠くへ行った。



   *   *   *



 ガラス粉砕の爆音は、隣の教室まですさまじい振動と共に轟いた。


「なんや?!」

 爆弾か、ガス爆発でも起こったのかと生徒たちは驚き、

「隣の教室や!」

 非常ベルがけたたましく鳴りはじめると同時に、野次馬根性の生徒たちが教室を飛び出していた。


「なんか、ややこしいことになったみたいやな」

 真琴はうんざりしながら、出ていくクラスメートを冷ややかに見送った。


「避難したほうがイイかな」

 華埜子は真琴の様子を窺ったが、真琴の視線は出入口に釘づけ、

「??」

 華埜子も視線の先を追うと、廊下側の窓が真っ黒になっていた。

 真琴は華埜子の腕を引っ張り、一緒に机の下に身を屈めた。


 次の瞬間、


 ガチャーーン!!

 室内の窓ガラスが全部、砕け散った。


「キャアァ!」

 女子生徒が悲鳴をあげた。

 破片の直撃を受け、負傷した生徒も多数いるようだ。机を盾にして難を逃れた真琴と華埜子だが、それだけでは済まなかった。


 黒い塊が侵入した。


 黒い塊は小さな竜巻となっていた。その中央には赤い目が二つ、真琴には見覚えのある赤い光だった。


「鬼の目?」

 思わず漏らした真琴の声に、赤い目が反応した。

 黒い塊の正体は見極められなかったが、強烈な殺気が向けられたのはわかった。


 次の瞬間、空気を切り裂き、なにかが飛んできた。

 

 !!


 真琴は華埜子を抱えて横っ飛びに避け、攻撃をかわした。


 悲鳴を上げる間もなく、真琴の後ろにいた生徒が風刃を受けて流血した。

 クラスメートの何人かが倒れるのを視野に入れながら、真琴は次の攻撃に身構えた。


(あたしの妖気に吸い寄せられたんか)

 狭い教室内に逃げ場はないし、華埜子を守らなければならない。

 真琴の本能が命を守るために発動した。


 金色の光が室内に爆発した。


 光が静まった後には、金茶色の剛毛に包まれた体長3メートルは超す獣が姿を現した。

 研ぎ澄まされた鋼のような爪、口元には鋭い牙、黄金に輝く目、ピンと立った耳は警戒信号を放っている。針のような剛毛は、空気を切り裂く風刃を受け付けず弾き返した。


 黒い塊は返された攻撃を避けるべく、ガラスの砕けた窓から外へと逃れた。


 化け猫と化した真琴は、しなやかな動きで床を蹴り、黒い塊を追って窓から飛び出した。


   つづく


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