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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その9

 夢に登場した人物が次々殺されるなんて尋常じゃない!


 千幸の足は悠輪寺へ向かっていた。

 華埜子が言ったように重賢和尚が力になってくれるなら……、藁にもすがる思いで千幸は走った。無我夢中で……。


 前に来た時は気にも留めなかったが、門の両脇には、侵入者を見張っているように仁王様が阿吽の呼吸で睨んでいた。まるで千幸を拒絶するような眼だったが、彼女は勇気を出して門をくぐった。


 酷く気分が悪かった。頭をハンマーで殴られ続けているような激痛に倒れそうになりながらも中へと進んだ。

 庫裡へ行こうとしたが、なぜか足が向かなかった。


 目は正面奥、銀杏の木に囲まれた本堂に釘づけになった。


「蝉時雨?」

 そちらから、蝉の鳴き声が聞こえたような気がして体が自然に動いた。


 千幸の意志を無視して、足は庫裡ではなく本堂へと向かった。

 真っ直ぐ進み、本堂の正面で一旦立ち止まった。建物の周りは、幅3メートルくらいお堀が廻らされている。正面に本堂の入口へと渡る小橋があった。

 千幸は小橋へ歩を進めた。


 急に空気が変わった。

 ピンと張りつめた冷気が彼女を包んだ。


 凍るような冷風が彼女の頬を撫でたかと思うと、周囲の風景が一変した。そこは銀杏の木々が立ち並ぶ静寂に包まれた森になっていた。


 少し離れた所に一際大きな木が聳え立っていた。樹齢千年は越えようかと言う大銀杏が凛と千幸を見下ろしていた。

「ここは?」


 千幸は大銀杏を見上げた。

 すると、

「アンタは……どうやって入ってきたん?」

 まるで、銀杏が話しかけたように思えたてギクッとしたが、木の陰から姿を現した那由他を見て胸をなで下ろした。


「お寺の人? ごめんなさい勝手に入って、けど奥に、こんなに広い庭があるなんて思いませんでした、小さなお寺と思ってたし……」


 銀色の髪の那由他を見て、千幸は古寺には似合わない少女だと思った。それに人間の気配が感じられない。まるでこの世のものではないような……。


 幽霊の噂話を思い出していた。


 一方、那由他は戸惑っていた。

 人間が容易に入れないこの場所にいると言うことは、珠蓮が危惧していた通り、この子は人間じゃなかったのだ。


「アンタはいったいなにもん?」

 那由他は鋭い視線で千幸を観察した。

 舐めまわすように見られて、不快に感じた千幸の眼が一瞬、赤く煌めくのを那由他は見逃さなかった。


「まさか……」


 那由他の呟きに気付かず千幸は、

「あの、すぐに帰りますから」

 と踵を返した。が、


「えっ?」

 驚いて立ち止まった。

 本堂を通り抜けて来たはずなのに、それがない。辺り一面、木々が立ち並び、寺の建物は見当たらない。

 まるで深い森に迷い込んだようだ。


「ここは特別な場所、迷い込んだら、簡単には出られへんで」

「これも夢?」

 千幸は茫然と呟いた。


「ここは幽世かくりよ現世うつしよの狭間で、普通の人間は簡単に入れへん場所や」

「あたし……やっぱり普通じゃないんや……、不思議な能力が備わってるんや」

「不思議な能力?」

「予知夢を見るんです、夢で見たことが、次の日は本当に起こってるんです」


 では、この夢も明日には現実になるの? この、人とも幽霊ともわからない少女とも会うんだろうか? と千幸は思った。


「予知夢ってすごいやん!」

「あたしも信じられへんけど、こう何度も続くと、そうとしか思えないんです、それにだんだんリアルになってきてるし、ほら、今かて……」


 千幸は銀杏の大木に触れた。

「触った感覚まで、こんなにリアルやし、それにあなたも」

 那由他を真っ直ぐ見つめた。


「これも夢と思ってるんや」

 呟きながら那由他は苦笑いした。


「じゃあ、そうしとこうか、今日のところは」

 那由他はそっと手を伸ばし、千幸の額に人差し指の先を当てた。


 千幸の目が一瞬、大きく開いたかと思うと、すぐにフッと閉じた。そして全身の力が抜け、膝から崩れ落ちて倒れた。


 足元に横たわる千幸を那由他は静かに見下ろした。



   *   *   *



 ハッと目を開けた時、千幸の目には見慣れた天井が映った。


 制服のまま、自分のベッドに横たわっていた千幸は、キョトンとしながら上体を起こした。


 一瞬、状況が把握できずに、呆然と室内を見渡した。

 特に変わりはない、いつもの自分の部屋、ただ、

「ええぇぇっ!」

 目覚まし時計は10時を示していた。


「なんで?」

 立ち上がってから、改めて制服を着ている自分を見下ろした。

 今朝、学校へ行こうと家を出たはずだ。久美と会って挨拶したし、それから事件の人だかり……、そして、悠輪寺へ向かって……。


 必死で思い出そうとしたが記憶が飛んでいる。

 千幸は混乱し、不安がこみ上げパニクッた。


 その時、ドアが開いた。


「千幸?」

 良美が開いたドア口に立っていた。

「なんやな、ノックくらいして!」

 まだパニック状態から抜け切れていなかった千幸は、ついキツイ口調になり、良美を驚かせた。


「あんたこそなに? 夜勤明けで帰ってきたら、まだ居るなんてビックリするやん、学校は?」

 疲れていた良美もつい、負けずにキツく返した。


 カチンときた千幸はキッと睨み付けた。

「あたしのことは放っといて!」

「なんやて?」

「もう子供(ちゃ)うし、好きにさせて」

「なにうてんの! まだ中学生やろ」

「もう中学生や! お母さんかて好きにしてるんやし!」

「親に向かってなんて口利くの!」


「バレてるんやで、お母さんと高梨先生の関係」

 そう言い捨てた千幸の目には憎しみが宿っていた。そんな目を向けられた良美は不快感と得体の知れない恐怖を感じた。


「な、なんのこと?」

 良美は震える声で精一杯とぼけた。


 そんな白々しい態度に憤りを感じながら、千幸は良美に詰め寄った。

「あたしがなにも知らんと思ってんのか? 奥さんが来たんやで、殺される前の日に、玄関先で喚いてたし、近所にも聞こえてたと思うで! その手に話は広まるの早いしな、みんな知らんふりして普通に挨拶してるけど、心の中では不倫女って軽蔑してるわ」


 良美は顔をこわばらせた。

「なんで、その時言わへんかったんや」

「どう言うの? お母さん不倫してるの?ってか、そして邪魔になった奥さんを殺したんかって?」

「なんてことを……」


 良美は信じられなかった。

 憤怒に満ちた目、悪魔のような表情で自分を見るこの子は、本当に自分の娘なのか? 嫌悪感に鳥肌が立った。


「だって、そうやろ! 奥さんの次は刑事、お母さんに関わった人が立て続けに殺されてるんやで、今度はあたしやろか、そしたらお母さんと高梨先生、障害がなくなるもんな」

 

 バチン!

 いきなり平手が飛んだ。


 避ける間もなく左頬を打たれた千幸はその勢いに一瞬よろめいて床を見たが、すぐ良美に視線を戻した。

 良美の目には涙が溜まっていた。

 言い過ぎたのはわかっていた、スラスラと残酷な言葉が飛び出す自分自身に千幸は驚いていた。


「……そうや、あんたなんかいなければ」

 良美の目から涙が頬を伝い落ちたかと思うと、あとはとめどなく溢れた。


 こんな母親の姿を見たのは初めてかも知れない、いつも気丈で、千幸の前では毅然とした態度を貫いていた母だったから……。


「あの日、あんたが蝉取りに行きたいなんて言わへんかったら、熊に襲われることもなかったんや!」


 固く目を閉じ、吐き出した良美の言葉は、千幸の心臓を鋭く貫いた。


   つづく


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