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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨

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その8

「えらいやられたもんやなぁ」

 包帯を頭と首に巻き、頬にはベタベタと絆創膏、両手も包帯グルグル巻きの珠蓮じゅれんを、細めた目でしげしげと見ながら重賢じゅうけんが言った口元は半笑い。


「お前がこれだけやられるとはなぁ」

 昨夜、珠蓮は瀕死状態で悠輪寺ゆうりんじの庫裡に運び込まれた。


 重賢の手当てを受けたが、朝まで眠り続け、やっと意識を取り戻した。起きられるようになったものの、傷はまだ癒えていなかった。

 不死身の肉体を持つ鬼の珠蓮は傷を負っても数時間で回復する。しかし、今回の傷は深い上、毒気に当てられていたので、まだ痛みが続いていた。


「儂が通りかからへんかったら、危ないとこやったな」

 痛みのせいか、助けられたことが不本意だったのか、珠蓮は不機嫌そうに黙っていた。


「お前をここまで担いでくるの、大変やったんやで」

「悪かったな、……ありがとう」

「えっ? 聞こえへんで」

 重賢はわざとらしく耳を傾けた。


「けど、なんでタイミングよく現れたんだ?」

「気になってな、ちょっと夜回りしてたんや、そしたらあの邪気やろ」

「真琴の予感は当たるからな」


「けど、アレはなんだったんだろ」

 珠蓮は昨夜のことを思い起こした。



   *   *   *



 深夜の住宅街。

 マンションの屋上に立ち、周囲を偵察していた珠蓮は、月明かりに照らし出された不審な影を発見した。


「ん?」

 珠蓮の目が不気味に赤く煌めいた。正体を見極めようと神経を尖らせるが、目標物は黒い雲のような塊に包まれてハッキリしない。


 近付こうとジャンプ! 

次のマンションに飛び移るが、空中を浮遊している黒い塊とのスピード差は歴然で、距離は開くばかり。

 しかし、黒い塊が通過した場所には、

「血の臭い」


 思わず漏らした珠蓮の呟きに、黒い塊は追跡者の存在に気付いたようだ。止まってこちらを向く、と言っても本体は見えない。ただ塊の中に赤い光が二つ、ヤツの目と思われた。


 対峙した時、珠蓮は赤い目を正面から見て動揺した。

 次の瞬間、珠蓮の右腕に激痛が走った。


 なにが起きたか解らないまま右腕を見下ろすと、皮膚がザックリ裂けて、血が流れていた。


 なんで? この距離から? 

 困惑しているとまた激痛、今度は頬、武器は見えない、どんな攻撃を受けているのかわからない。


 珠蓮は距離を取ろうと後方へジャンプ!

 しかしその間も、矢継ぎ早に見えない刃が襲いかかった。肩、脇腹、太腿、足首をやられた珠蓮は民家の瓦に足を着いたが、流れ出た血で滑り、路地に落下した。


 不死身の肉体を持つ鬼も、人並みに痛みは感じる。全身を切り刻まれて、珠蓮は苦悶に顔を歪めながら膝を着いた。


 赤い目だけがハッキリわかる黒い塊が、珠蓮の前に降下した。距離は5メートル、ここまで近づいても本体は見えなかった。


 空気を切り裂く音とともに、繰り出されるなにかが迫って来る殺気は感じた。しかし身を守る術はない。

 珠蓮はさらなる激痛を覚悟して身構えた。


 カキーン! 

 鋭い金属音が響いた。


 黒い塊の攻撃は続いているようで、空気を切り裂く音は矢継ぎ早に襲って来るが、見えない結界に弾かれていた。


「重賢か……」

 珠蓮を庇うように立っているのは印を結ぶ重賢の後姿。


 黒い塊はさらに大きくなり二人に迫った。

 重賢は胸元から護符を取り出して投げつけた。


 すると黒い塊は竜巻となって昇天し、夜空に吸い込まれた。


「大事ないか?」

 重賢は振り向いた。


「こりゃ酷い」

 珠蓮が跪いている地面には血が滴っている。

「見えたか?」

 黒い塊が消えた夜空を、見上げながら珠蓮は重賢に確認した。


「実体を見極められたか?」

「いや、そもそもあったんか?」

「えっ?」

「怨念の塊やったような……」

 珠蓮は少し考えて、

「けど、血の臭いがハッキリと……」


 重賢は視線を落とした。

「おやおや」

 珠蓮が気を失って倒れている。


 地面には血だまりが広がっていた。



   *   *   *



「しかし……」

 重賢は眉間に皺を寄せた。

「厄介なヤツが現れたもんや」


「不意を突かれたからだよ、今度会ったら!」

「正体もわからんのに、手立てはあるんか?」

「確かに、あの至近距離でもわからなかった……、それにあの攻撃、風刃を操ってるようにも思えたし」

「風を操る……流風るかと同じ能力か?」


「あの赤い目……、一瞬、鬼かと思ったんだけどなぁ、ま、鬼はしょせん下等な獣、あんな離れ業は出来ないか」

 珠蓮は自虐しながら、なぜかホッとした表情を見せた。

 その様子に不自然さを感じた重賢は、珠蓮の顔を覗き込んだ。


「なんだよ?」

 珠蓮をジッと見つめる重賢の目力に負けて、

「……鬼なら、心当たりがない訳でもなかったんで」

「心当たり?」

 

「8年前の夏、たまたま通りかかった林道で、鬼の気配を感じて駆けつけたんだ、人間の親子が鬼に襲われて、父親の方は手遅れで絶命してたんだけど、幼い娘は寸前で助けたんだ、でも、噛まれてた」

「お前と同じ……」


「そう、鬼に噛まれてなお命が助かった者は、やがて鬼と化す運命を背負う、人の心を失って人を襲うようになる、本来なら、そうなる前に成仏させてやるのが情けなんだろうけど、幼い少女の泣き顔を見た俺には、出来なかったんだ」


「優しさはお前の長所であり、短所でもあるなぁ」

 重賢の目は細いまま笑っているように見えるが、その奥で厳しい光が宿っていた。


 珠蓮はバツ悪そうに続けた。

「俺みたいに、厳しい修行を積めば人の心を保ち続けることが出来る、でも、幼子には無理だ、だから一縷の望みに賭けようと思って……。鬼の毒は汚れた心に巣食って増幅する、心が汚れない清らかなままならば鬼と化すことはない」

「そんな不確かなことに?」


「確かに、甘かったかも知れない、人間はずっと子供のままじゃいられない、純粋な心のままじゃ」

「けど、ノッコちゃんみたいなんもいるしな」

 重賢が言ったが、

「アイツはある意味、妖怪だよ」

 すかさず珠蓮が返した。


「……そうか、あの子か、この間連れて来た」

 重賢は呆れた目を珠蓮に向けた。


 その時、二人の間に緊張が走った。


 重賢の腕には鳥肌が立ち、悪寒がこみ上げた。

 珠蓮が目を吊り上げながら立ち上った。


「この感じ……」


   つづく


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