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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その7

 華埜子と話せて良かった。

 クラスが違うので、二人きりで話したことはなかったが、なぜかスラスラと言葉が出た。一緒にいるだけで癒される、そんな雰囲気を持った子だ。また話せたらいいな、と思いながら、千幸はベッドに寝転がっていた。


 母親の良美は帰宅していたが、顔を合わせたくなくて、すぐ自室にこもっていた。さっきのお礼を送ろうと、千幸はスマホを手にした。

 その時、インターフォンが鳴った。

 9時を過ぎている、こんな時間に誰が? まさか高梨じゃ! と千幸はドアを少し開けた。


 良美が応答していた。

「警察ですが」

 そう聞こえた、ような気がした。

 千幸は全神経を集中させて聞き耳を立てた。


 急いで玄関に向かう足音、ドアが開き、

 すぐにドアが閉まる音、どうやら外へ出たようだ。

 千幸の行動は素早かった。鍵とスマホだけ手にして、あとを追った。





 遠くまでは行ってないだろうと、千幸は周囲を探した。そして、電柱の陰で二人の刑事と立ち話をする良美を見つけた。

 少し距離はあったが会話は聞こえた。


「あの夜は確かに高梨さんと一緒でした、何度も言ってるでしょ」

 嫌悪感露わで投げやりな口調の良美に対し、刑事は落ち着いた、と言うか、見下したような態度で、

「今日はその話やないんです」

 年配の方の刑事が言った。


「昨夜、この辺りで高梨奈央子さんを見かけたという目撃情報がありまして、お二人の関係に気付いた奈央子さんがお宅を訪問したのではないかと」

「えっ?」

「娘さん、奈央子さんに会ったんじゃないですか?」

「まさか……でも会ってたらどうやと言うんです? 娘が奈央子さんを殺したとでも!」

 良美は声を荒げた。

「そうは思っていません」

 刑事の口調はとても冷ややかだった。


 思わず大きな声を出してしまった良美は、周囲を気にしてビクビクしていた。近所の人が通りかかったのに気付いたからだ。

「もういいですか、こんな時間に家を空けると、娘が変に思いますから」

 いつも嘘をついて夜、家を空けていた母がそれを言うのか? と千幸は心の中でぼやいた。


「今日のところは、お時間取らせました」

 刑事がそう言った時、良美はもう背を向けていた。

「また、お伺いします」


 後姿にかけた刑事の言葉を、良美はもう聞いていなかったが、千幸はしっかり聞いていた。何度も警察が訪ねてくれば近所の人が怪しむだろう。高梨と母の不倫もバレてしまうのは時間の問題だ。

 そんなことになったら……。


 千幸は胸の前で両拳を固く握りしめた。



   *   *   *



 モザイク模様が地面に揺れていた。


 突風に飛ばされた麦わら帽子を追って、千幸は雑木林に踏み込もうとしたが、背丈ほどもある雑草が行く手を阻んだ。


 また……。

 夢を見ているはずなのに、俯瞰で眺めているような感覚だった。


 続きは分かっていた。

 その通り、次の瞬間、千幸の足許になにかが転がって来た。今日は2個だ。サッカーボールくらいの丸いモノは黒い毛で覆われている。それは……。


 男の首だった。


 昨夜訪ねて来た刑事たちの顔だった。


 いつもならここで悲鳴を上げて夢から覚める。

 しかし、その日は続きがあった。


 それを追うように、背の高い雑草の間から飛び出してきた人がいた。

 スニーカーにヨレヨレのジーンズ、Tシャツ姿の男子、顔は影になって見えなかったが……。


 でも、どこかで会ったような気がする。顔がわからないのに矛盾しているが、千幸はその人を知っているような気がした。





 ……千幸は目を覚ました。


 パッチリ開けた目に映った天井は、見慣れた自分の部屋のモノだった。

 体は硬直して汗ビッショリ、しばらく動けないのもいつもと同じ。

「また……」


 言い知れぬ恐怖が千幸の全身を震わせた。これが予知夢なら、二人の刑事は殺されている。

「まさかね、刑事がそう簡単に殺されるはずないわ」


 千幸は嫌な予感を振り払うように呟いた。



   *   *   *



 鉛のような足を引きずっての登校、またあんな夢を見たせいで眠った気がしなかった。

 目の下のクマは隠しようがない、きっと芽生に指摘されるだろうな、彼女、敏感だから……、そんなことを考えながらボーっと歩いていた千幸は、前方に人だかりを見つけた。


 パトカーが数台停止しており、なにやら大騒ぎになっている。制服警官が野次馬の整理に追われていて緊迫した様子だったが、中でなにが起きているのか、千幸の位置からでは確認できなかった。


 嫌な予感が千幸の足をさらに重くした。

 そちらに向かう勇気はなく、遠巻きに通過しようとした時、後ろから肩をポンと叩かれた。


「キャッ!」

 小さな悲鳴を上げながら振り向くと、久美が不思議そうな顔をしていた。


「どうしたん、そんなビックリして」

 それはこっちのセリフ! と千幸は心の中でぼやいた。

 こんなところで久美に会うはずはない、彼女の通学路ではないのだから。でも、理由を聞くのも面倒なので、

「い、いえ、あっちに気を取られてたし」

「ああ、殺人事件らしいで」

 久美サラリと言いながらそちらに視線を流した。


「警察関係の人が二人も殺されたらしいで」

「えっ?」

 千幸は全身から血の気が引く感覚に襲われた。

「なんでも高梨の事件を捜査してた刑事が聞き込み中、何者かに、……また首を切断されてたらしいで」


 千幸の様子に気付いていないのか、久美は得意げに続けた。

「怖いなぁ、こんな近くで事件が立て続けに起きるなんて」


 千幸は久美がなぜここにいるのか納得した。どこかで騒ぎを聞きつけ、わざわざ見に来たのだろう、と千幸は嫌悪感を覚えた。

 しかしそれ以上に、今にも崩れ落ちそうな膝を堪えるのが精一杯、久美のお喋りに相槌を打つ余裕はなかった。


「これって連続殺人やん、テレビやら週刊誌が大々的に取り上げそう、きっと高梨ンとこにも押しかけるで、学校大騒ぎになるん違う?」

 久美は野次馬根性丸出し、面白がって喋り続けているが、その目は千幸の反応を観察しているようだった。


 久美の声を聴きながらも、まともに顔を見られないでいる千幸は、意地悪な久美の視線に気付かず、ただ、自分の身を案じていた。

 彼女の言う通り、マスコミ大きくが取り上げれば最悪の事態になる。


 千幸は両手で口を押さえ、こみ上げる吐き気と戦った。

「どうしたん?」

 久美の問いには答えず、千幸は駆けだした。


「千幸!」

 久美は追いかけようとしたが、千幸は既にかなり離れていたのでやめた。

「変なの……」


 その時、野次馬の主婦らしい人たちの話し声が耳に入った。声をひそめてはいるが、久美の地獄耳は会話の内容をハッキリ捉えた。


「たぶんあの二人やわ、昨日の夜、宮田さんと話してたん」

「宮田さんと警察が?」

「なんでもこの間殺された女性が、宮田さんを訪ねて来てたとか刑事がうてた」

「なになに、そしたら今回の事件、宮田さんが関係してんの?」

「まさか~」


 殺された女性とは、高梨の妻のことだろう、千幸の母親とどんな関係があるのだろう? 

久美は眉をひそめた。


   つづく


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