その6
「食欲無くなったってわりには、けっこう食べたやん」
「別腹やし」
「使い方間違ってるで」
ケーキセットを食べて、他愛ないおしゃべりをした那由他、華埜子、真琴が家路についた時、陽はすっかり傾いて宵闇が迫っていた。
「けど、なんでいつも那由他の分はあたしが払うんや?」
真琴は冷ややかに視線を流した。
「キャッシュなんか持ってへんし」
「偉そうに言うな、暇なんやし、仕事しようと思わへんのか」
「バイトするにも履歴書とかいるやろ? どう書くの? 銀杏の妖精って?」
「今度はあたしがおごるわ」
「ノッコはいいねん、真琴にたかることに決めてるし」
「なんでやねん」
「あれ?」
公園の前を通りかかった時、華埜子が千幸の姿を見つけた。
薄暗くなって人気のない公園のブランコに、ポツンと千幸が座っていた。
「どうしたんやろ、一人で」
真琴は首を横に振った。
「なんか様子が変、ちょっと見てくる」
言い終わらないうちに華埜子は千幸に駆け寄っていた。
「あの子は……」
那由他の呟きを真琴は聞き逃さなかった。
「知ってんの?」
「昨日、珠蓮が悠輪寺の庫裡に連れて来た」
「アンタはどこにでもいるな」
「珠蓮はなんか疑ってたけど、どう見ても物の怪には見えへんよな、結界も通れたし」
「それはあたしらもやろ」
「確かに」
「本性なんて、外見では判断できひんやろ」
真琴は千幸に駆け寄った華埜子を心配そうに見た。
「どうしたん、こんなとこで」
突然声をかけられ、千幸はビクッとしながら見上げた。
「家、この辺やなかったよな」
「うん……、なんとなく歩いてたら辿り着いた」
俯いた千幸を見ながら、華埜子は隣に座り、ゆっくり漕ぎ出した。
「久しぶりやわ~、小学生の頃はよく真琴とここで遊んだっけ」
「そんな頃からの友達なんや」
「腐れ縁ってヤツ」
「いいな、そんな友達がいて」
「でもな、近すぎて言いにくいこともあるんやで、あんまり親しくしない第三者の方が話しやすい場合もあるやろ?」
華埜子の優しい微笑に、千幸はなぜか目頭が熱くなった。
「帰りたないねん、お母さんと顔合わしたなくて」
そしてためらわずに語り始めていた。
「好きな人がいるみたいなんや、でもあたしに隠してる」
「えっ?」
「あ、唐突すぎたよな、うちは母子家庭なんや、父は8年前、事故で亡くなって」
千幸は言葉に詰まったが、フッと息をついてから続けた。
「毎年、夏休みには父の田舎へ遊びに行ってたんや、あたし蝉取りが好きで、あの日も父と山へ蝉取りに行ってん、そこで熊と遭遇したらしい……よく覚えてないねん、その時の記憶は曖昧で……、気が付いた時は病院で、通りかかった人にあたしだけ助けられたらしくて、父は既に亡くなってたらしいんや、きっと、父は命がけであたしを守ってくれたんやと思う」
千幸は堰切ったように話し出した。こんなことを他人に話すのは初めてかも知れない、しかし、華埜子相手だと、不思議と胸のつかえを吐き出せる気がした。
華埜子は黙って聞いていた。
「突然、父を亡くして、母はあたしよりもっと辛い思いをしたと思う、それから今まで再婚もせずに頑張ってくれたんや、あたしも手が離れて、やっと自分の時間が持てて……考えてみたら、まだアラフォーやし恋愛したってちっともおかしくないし」
「でも、娘としては複雑なんやね」
「許してあげな、とは思うねんけど」
許す、という言葉に華埜子は引っかかったが……。
「すぐには受け入れられなくて」
相手が悪い、しかも不倫、そこまでは打ち明けられなかった。
でも、高梨の妻は殺されたのだから、もう不倫ではないし障害はない。
そう考えると、警察が不倫の事実を突き止めれば、高梨の容疑はより濃くなる。もしかしたら、もう掴んでいるのかも知れない。
「お母さんはまだ、あたしが知っていることに気付いてないし、どんな顔して会えばいいかわからなくて」
「お母さんのこと好き?」
「ええ」
迷わず返事をした千幸に、華埜子は優しく微笑みかけた。
「じゃあ、大丈夫」
「そうかなぁ」
「お母さんもきっと心配してるで、あんた最近、酷い顔してるもん」
たまにしか顔を合わせない隣のクラスの華埜子にもわかるほど、酷い顔をしていたのかと思うと、千幸は恥ずかしくなった。
「……変な夢ばっか見て、睡眠不足やねん、すごくリアルな予知夢で」
と言ってから、千幸はハッとした。
予知夢だなんて口を滑らせたが、バカにされないかと華埜子の反応を窺った。
華埜子はパッチリした二重の目を、さらに大きく見開いて瞬きを2、3度してから、
「その手の話しやったら、相談に乗ってくれるお坊さんいるよ」
「お坊さん?」
「不可思議な事件にめっぽう強いんや、経験豊富やし」
「そ、そうなんや、ほな、今度、紹介して」
「悠輪寺って知ってる? そこの和尚さん」
つづく