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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その5

 モザイク模様が地面に揺れていた。


 突風に飛ばされた麦わら帽子を追って、千幸は雑木林に踏み込もうとしたが、背丈ほどもある雑草が行く手を阻んだ。


 その時、太陽が雲に隠れ、地面のモザイク模様を消した。また強い風が吹き、小枝と葉を激しく揺らした。ガサガサ、ガサガサ、枝葉の擦れ合う音が不気味に響いた。


 次の瞬間、千幸の足許になにかが転がって来た。サッカーボールくらいの丸いモノは黒い毛で覆われている。

 それは……。


 女の生首だった。


 恐怖に歪んだ顔には見覚えがあった。

 高梨の妻と名乗ったあの女。


「きゃあぁぁぁ!」

 千幸の悲鳴が蝉時雨をかき消した。





 ……と、同時に、千幸は目を覚ました。


 パッチリ開けた目に映った天井は、見慣れた自分の部屋のモノだった。

 体は硬直して汗ビッショリ、しばらく動けなかった。

「また……」


 気怠そうに体を起こしながら、生々しい夢を思い出した。



   *   *   *



「また悪夢? 酷い顔してるで」

 芽生が心配そうに千幸の顔を覗き込んだ。

 目の下にはクマがクッキリ、焦点の定まらない目、全身の気怠さと戦いながらかろうじて座っている状態、今にも机におデコをぶつけそうだった。


 昨日、高梨の妻が押しかけて来た件は芽生にも打ち明けられない。ので……。


「気になることがわかってな、久美のことなんやけど」

 教室内を見渡し、久美がまだ登校していないことを確認してから、

「続いてる嫌がらせ、大塚君にわざわざうてたんやて」

「なんで?」

「でしょ~」

「言うんやったら大塚君(ちご)て先生やんな、あんたが連日悪夢にうなされるほどストレス感じてるんやったら、れっきとしたイジメやん」


「イジメやなんて」

 その言葉には抵抗があった。

 自分がイジメに遭ってるなんて、なんか不名誉なことに感じられたから。


「やめさせるよう、先生に相談すべきやんな、犯人は小南グループってわかってるんやし」

「芽生も小南やと思う?」

「アイツら以外考えられへんやん」

「……」


 小南とは親しくないが、そんな陰湿なイジメをするタイプには思えなかった。気に入らないことがあれば直接ぶつけてくる奴に思える。


「けど、千幸がなにも言わへんし、でしゃばって告げ口するのもなんかな~と思って」

 芽生は再び千幸の様子を窺った。

「でもやっぱり先生に相談する? なんかもうギリギリって感じやし……、生活指導の高梨なんかがイイんちゃう?」

 その言葉に、千幸は過敏に反応した。


「高梨はアカン!」

 大声を上げながら立ち上がった千幸を、芽生は驚いて見上げた。

「どしたん?」

 息が荒い、千幸は動揺を隠せなかった。


 その時、久美が飛び込んで来た。

「大変や!」

 血相変えて二人の間に割り込んだ。


 芽生はシラケた目を向けながら、

「朝から元気やな、昨日と同じデジャヴみたいやわ、まさかまた妙な画像が?」

ちゃう! もっと大事件! 高梨が逮捕されたんや、殺人容疑で!」


 その発言にクラス全員が注目した。

「なに、なに!」

「殺人って!」

「高梨って生活指導の!?」

 三人はたちまちみんなに囲まれた。


「奥さんを殺したらしいわ!」

「えーーー!!」

 悲鳴と絶叫が入り交じり、教室はパニック。

「マジでー!」

「嘘やろ!」


 蜂の巣を突いたような大騒ぎに、チャイムの音もかき消された。



   *   *   *



 終業のチャイムが鳴り終わり、生徒たちはそれぞれ下校準備をしていた。


 華埜子かのこが鞄を持って席を立った時、クラスメートの美沙子が前に立った。

「ノッコさぁ、今日、なんか用事ある?」

「別にないけど」

「よかった!」

 両手を擦り合わせながら、

「あたし、どうしても外せない用があって、当番代って……」

 と言いかけて、固まった。


 華埜子の後ろに仁王立ちしている真琴の姿を見たからだ。この上なく冷ややかな目で美沙子を睨みつけている。


「やっぱ、いいや、ゴメンな」

 逃げるように去る美沙子を、華埜子は小首を傾げながら見送った。

「帰ろか」

 真琴の声に振り返る華埜子。

「うん」





「結局、逮捕されたんちごて、事情を聴かれただけやん、誰や、デマに広めたんは」

 華埜子が溜息交じりに言った。


 帰宅組の真琴と華埜子はすぐ家路についていた。と言っても真っ直ぐ自宅に帰るわけではない、スイーツ寄道しようとしていた。


「みんなショッキングな話が好きやしな」

 真琴はそっけなく返した。

「でも、すぐに釈放されたってことは、容疑ははれたんやろか」

「知らんけど、警察がちゃんと調べるやろ」


「それはどうかな」

 いつの間にか二人の間に那由他なゆたがいた。


「那由ちゃん、こんにちは」

 華埜子の無邪気な挨拶に那由他は笑みで応えた。

 しかし、真琴は難しい顔をして、

「どう言う意味?」

「あれは人間の仕業(ちゃ)うで、警察には解決できひんわ」

 真琴の片眉が吊り上った。


「アンタの予感が気になって、偵察してたんや、そしたら」

「なにを見たん?」

「例の殺人現場、犯人は逃げた後やったけど酷い有様やった、人間には無理やな」

「じゃあ、物の怪」


 那由他の瞳がキラリと光った。

「あれだけ派手に首を切り落としたんやし、かなり返り血を浴びてるはずやのに、血の臭いを追えへんかった」

 華埜子が両手で口を押えながら悲鳴を飲み込んだ。


「どういうこと?」

 真琴は動じることなく、

「アッという間に消えたんや」

「首って、ちょっと前に、犬が首切り落とされた事件あったよな」

「あの時も見に行ったけど同じやった、血の臭いがプッツリ」

「なんか武器を使ったんじゃ?」

「返り血を浴びひん?って、どんだけ大きな刃物や」

「飛び道具かも」

「あ、そうか!」


 真琴は自分たちの会話に青ざめている華埜子に気付いた。

「なんか……もどしそう、食欲なくなったわ」


   つづく


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