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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第6章 蝉時雨
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その3

 モザイク模様が地面に揺れていた。

 

 突風に飛ばされた麦わら帽子を取ろうと、千幸は慌てて雑木林に踏み込もうとしたが、突然、ラブラドール・レトリバーが飛び出して来た。


 犬は千幸と対峙すると牙を剥き出し、低い唸り声を上げながら睨み上げた。

 いつでも飛びかかれるぞ! お前の首に噛みついて、引き裂いてやる! と言わんばかりの血走った眼を向けている。


 恐怖に足が竦んだ千幸は一歩も動けない。

(助けて! 誰か!)

 心の中で叫ぶが声にならない。


 犬の前足が地面を蹴った。

 千幸は右手で顔を覆って防御態勢、が……、


「キャン!」

 犬の悲鳴。

 ドサッと鈍い音。


 次になにも起こらないのを確認してから千幸は恐る恐る目を開けた。


 その足元には……。

 犬の頭部だけが、ボールのように転がっていた。


「きゃあぁぁぁ!」

 千幸の悲鳴が蝉時雨をかき消した。





 ……と、同時に、千幸は目を覚ました。


 パッチリ開けた目に映った天井は見慣れた自分の部屋のモノだった。

 体は硬直して汗ビッショリ、しばらく動けなかった。

「また……」


 昨日の夢とは違うが、シチュエーションは同じ、昨日よりリアルに感じた。

さっきまでその場にいたような、血の臭いまで鼻に付いている。

 激しい呼吸を整え、千幸はベッドから這い出した。


 体が重く気怠い、頭はガンガンしているが、力を振り絞り、鉛のような腕を上げて、パジャマのボタンを外した。



   *   *   *



「また嫌な夢見たん?」

 ボーっとしている千幸の顔を、芽生が覗き込んだ。

 登校して着席したものの、リアルな夢の光景が瞼の裏から離れない。頬杖をついて、今にも突っ伏しそうになりながら芽生を見上げた。


「なーんか、最近、夢見が悪くて……疲れてんのかなぁ、ここんとこお母さん夜勤続きで、一人暮らしみたいなもんやし、家事全般けっこう面倒臭いんや」

「千幸のお母さん看護師さんやったよな、大変な仕事やん、うちの専業主婦と違って」


「聞いて聞いて!」

 そこへ慌ただしく春菜が割り込んできた。息せき切って動揺している。


「どうした? お気に入りのケーキ屋さんが潰れた?」

「違うわ! 大変なんやって!」

「あんたの大変って」

「近所の犬が惨殺されたんや! 猟奇殺人、基、猟奇殺犬!」

「なんやそれ」

「首を切り落とされてたんやで」


 千幸の肩がビクッと大きく動いた。

「ラブラドール?」

 青ざめた顔で春菜を見た。

「知ってんの? 千幸もあの大騒ぎ聞いたん?」

「い、いえ……なんとなく」


 昨日襲われたのはラブラドール、夢に出てきて襲われそうになったのも同じ……。

「ご近所で、子犬の時から知ってる人懐っこい可愛い子やったしショックで」

「犯人は?」

「まだわからへん、殺し方が異常やし、警察も来てたけど」

「危ない奴がうろついてるってことやんか、怖いなぁ」


 そこへ久美が春菜を上回る勢いで駆け込んで来た。

「大変や!」

「今日は慌ただしい朝やなぁ」

 芽生が冷やかに久美を迎えた。


「ほんまに大変なんやって、見て~なコレ!」

 久美がスマホを差し出し、三人は覗き込んだ。


 そこには寄り添っているように見える千幸と珠蓮のツーショット画像。


「なにコレ?」

 春菜が目を丸くして千幸を見た。


 誰が撮ったのか、その画像を見て千幸は嫌悪感を覚えたが、

「なにって、昨日、いきなり犬に飛び掛かられたあたしを、偶然通りかかった人が助けてくれたんや」

 包帯を巻いた左手を上げた。


「噛まれへんかったけど、転んで怪我した」

「えらい災難やったな」

「大丈夫か」

「ちょっと擦りむいただけや」


「で、その人の知り合いの和尚さんがいる悠輪寺って古いお寺に連れてってくれて手当してもろた」

「悠輪寺~~!」

 千幸を除く三人が声を揃えた。


「あの、お化けが出るって噂で有名な」

 春菜が再び身を乗り出した。

「そうなん?」

 千幸はそんな噂、全然知らなかった。


「噂違って、ホンマやで、あたし、体験したもん」

 久美が得意げに言った。

「幽霊見たん?」

「それは見てへんけど、奇妙な体験したんや」

「なになに?」

 春菜が好奇心に目を輝かせた。


「小5の時、夏休み、あそこで肝試ししようってことになって、夜、門の前に集まって、いざ入ろうとしたら、数人が急に気分悪なって倒れて、大騒ぎになったんや、あたしも救急車で運ばれてん」

「あ、その話、聞いたことあるような……」


「次の日、警察が調べたけど、別に寺に問題があった訳じゃなく、肝試しでテンション上がったあたしらの集団ヒステリーってことに話は収まって、うちの学校、肝試し禁止になったんや、あたしも親にえらい怒られて、災難やったわ、あれ以来、あそこには近付いてないねん、なんか邪気と言うか、妖気と言うか嫌な空気が漂ってるし」


「久美は霊感強いんか?」

 芽生はちょっとバカにしたように言ったが、得意げに話す久美は気付かない。

「やっぱ、そうなんかなぁ」


「で、で、どうやったんお寺の中は」

 春菜は久美の話をそれ以上突っ込んで聞こうとはせず、千幸の方に戻った。


「どうって……外観とは違って、庫裡は普通の家やったで、幽霊が出る雰囲気なんかなかったで」

「なーんや、幽霊は見てへんのか」

 春菜が肩を落とした。

「あんた幽霊見たいんか?」

 芽生が呆れたように春菜を見た。


「なんか脱線してるけど、問題はコレやで」

 久美が話を元に戻そうと、三人の真ん中に再びスマホを差し出した。


「なんで? 今聞いてたやろ、怪我の手当してもらったって」

 春菜と芽生はすっかり納得しているが、

「どう見ても、これはラブラブやで、事情を知らん人が見たら」


「確かにな、角度が悪いわ」

 抱き合っているようにも見える。

「それ、どこから出回ったん? めちゃ悪意感じるんやけど」

「まるで千幸が浮気してるみたいやん、大塚君と言う人がいながら」


 四人は顔を見合わせた。


   つづく


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