その11
拉致されていた五人は、気を失ったまま、秧たちによって自宅へ帰された。霞の毒によって記憶は消えているはずなので、湖月宮に来たことは思い出せないだろう。
彼らが行方不明になっていた間のことを聞かれて、どう答えるかは、真琴たちの関知するところではない。
それより厄介だったのは、澄の家の前に置き去りにした咲子だった。
真琴と澄が戻ると、警察が来ていて大騒ぎになっていた。航は救急搬送され、強盗事件として室内は鑑識が行われていた。
「真琴~!!」
真琴の姿を見た咲子は大泣きしながら抱きついた。
「心配したんやで! 拉致されたと思って」
「真琴ちゃんと俺は、強盗を追いかけて行ったんや」
澄が咄嗟にでっちあげた。
「逃げられたけどな」
真琴は乗っかるしかなかった。
警察相手にも澄の口がフル回転して、なんとか誤魔化すことが出来た。
* * *
京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、悠輪寺がある。門の両脇には仁王様が侵入者を見張っている。
「こんなところでデート?」
真琴の後に続いて門をくぐった澄が言った。
「誰がデートって言うた」
真琴はイラッとしながら振り向きもせずに先を急いだ。
「共に危険を潜り抜けた男女は恋に落ちるって言うやん」
「落ちてへん」
真琴はキッパリ否定した。
「残念……」
「あの後、どうなったかな湖月宮は、あの植物の妖怪が造った場所やろ、アイツが死んだらあそこも無くなってしまうん違うのかな」
「霞が大丈夫って言うてた、彼女らが飲んでた妙薬は藻の体液やろうし、彼女らにも妖力が具わってるんやて、それに男の子も食べられんと成長するやろうし、もう生贄は必要ないし」
「彼女らだけで湖月宮を守っていくんか」
「残りたかった? ハーレムやもんな」
「ちょっと考えたけどな」
「俺も半分は湖月宮の人間やもんな、お母さんには会えへんかったけど、あそこはお母さんの実家やもん」
「会いたかった?」
「どうかな……、酷い姿やったらしいし、そんなん見たらどう思ったか……」
「霞を恨む?」
「いいや、お母さんが望んだことやし」
「そうか」
真琴は本堂を囲むお堀にかかる小橋を渡った。
澄もそれに続いた。
急に空気が変わった。
ピンと張りつめた冷気が澄を包んだ。
凍るような冷風が彼の頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、周囲の風景が一変した。
そこは深い森の中、お堀も小橋も本堂も消え、銀杏の木々が立ち並ぶ静寂に包まれた森になっていた。
「ここは……?」
目の前に一際大きな木が聳え立っていた。樹齢千年は越えようかと言う大銀杏が凛と見下ろしている。澄は無意識に、その大木に右手を当てた。
「当たりやったな」
「なにが?」
「ここは普通の人間は入れへん場所なんや」
「普通じゃない、か……、確かに母方の血が半分流れてるんやし、真琴ちゃんと同じ半妖や」
澄は親しみを込めた目で真琴を見たが、
「一緒にせんといて、あたしの妖力はアンタの比にならへんし」
「確かに、俺は変身できひんけど、いや、訓練したら変身できるかも」
「出来ひんわ!」
「霞が言うたとおり、妙水に似てるな」
と言いながら大銀杏の後ろから那由他が現れた。
澄は、銀色の巻き毛を輝かせた愛嬌たっぷりの那由他に、碧の瞳で見つめられてドキッとした。
「可愛い、お人形さんみたい……」
「あたしは那由他、銀杏の妖精や」
那由他は誇らしげに答えた。
「妖精?」
「1200年前、邪悪な物の怪により都が、日本が滅亡の危機に陥った時、強力な法力を持って戦った高僧の生まれ変わりを捜すため、霊木大銀杏に命を与えられたんや」
「そうなんや~、スゴイ」
澄の軽い反応に真琴は呆れた。
「意味わかったん?」
「……彼女が銀杏の妖精ってことは」
「アンタは水を操る能力を持っていた高僧、妙水の生まれ変わりのようやな」
那由他の言葉に、澄は首を傾げた。
「生まれ変わり?」
「1200年前に封印したアイツが復活するのを阻止するために転生したんや」
「日本を滅亡の危機に陥れるほど邪悪な物の怪をどうやって阻止するんやな」
「ちゃんと聞いてたんや」
「無理無理、俺、平和主義やし、戦いなんか向いてへん、真琴ちゃんの方が強いやん」
「水の向日葵を出して、機関銃みたいに種を発射して泪を倒したやろ」
「あの時のことは全然覚えてへん」
「そのうち思い出すやろ」
「前世のことなんか、思い出したないし~」
「あきらめ、アンタの宿命や」
第5章 湖月宮 おしまい
第5章 湖月宮を最後まで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ続きますので、次章もよろしくお願いします。
外伝として『あの日のまま』も投稿していますので、そちらも読んでいただければ嬉しいです。




