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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第5章 湖月宮
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その8

「なんか臭わない?」

 通路を歩きながら流風るかが顔をしかめた。


 亀市きいちに続いて階段を下りると、上階の時代劇風な建物とは異なり、近代的な病院の通路のように、白い壁に囲まれた道が続いていた。


「儂ではないぞ」

 亀市は赤面しながら振り向いた。

「そんな臭いじゃなくて」


「腐敗臭だな、それも人間の」

 かすみは涼しい顔。

「投獄されている罪人かな」

 亀市が言った。

「腐敗するまで放置するか?」


「一般牢とは違うこちらの独房には、重罪人が投獄されているらしいから、終身刑だろう、食事も与えられずに死ぬまで放置されるらしい、しかし、不老の妙薬を飲んでいる湖月宮こげつきゅうの者は、そう簡単に死ねないのじゃ」


あやらしいわ、残酷な刑だ」

 霞は鼻で笑い、

「あそこだな」

 前方の鉄格子に目をやった。

 歩いて来た通路の所々にドアはあったが、そこだけは不自然に剥き出しの鉄格子が見えた。


 腐乱死体など見たくもないので、流風は息を止め、真っ直ぐ前を向いて速足で通過しようとしたが、

「おや?」

 霞が立ち止まり、流風の服を引っ張った。


 反射的に振り向いた流風は、心ならずも鉄格子の中が視界に入ってしまった。


 ボロボロに破れた着物、半分抜け落ちた長い髪、悪臭を放っているのは腐りかけた肉、崩れて骨が剥き出しになっている部分もあったが、かろうじて女性であることがわかった。

 鉄格子の中なのに、さらに手枷足枷をはめられて、奥の壁際に吊るされていた。


 濁った眼球と流風は目が合った。

 その瞳孔に生の輝きが宿っていたのを見て流風はハッとした。


「死体ではないな、まだ」

 霞は観察するように覗き込んだ。

 流風は息を止めていたのを忘れ、呼吸してしまった為、悪臭をまともに吸い込んで咳き込んだ。


「あ、あなたたちは……誰?」

 女囚の口が開いた。

 その拍子に、前歯が一本抜け落ちて地面に転がった。

「藻様以外が来たのは……初めて、だ、わ……」

 苦しそうな息の下から絞り出すように言った。


「どのくらいの月日が経ったんでしょ、分からないけど……肉が腐り落ちようがまだ死ねない」

 もう流れる涙は残っていないが、泣いているように見えた。

「きっと骨だけになっても死ねないでしょう、骨さえも朽ち果てるまで……それにはあとどれだけの歳月が必要なんでしょう」


「お前はいったいなにをやらかしたんだ? そこまで藻の怒りを買うとは」

 亀市が気の毒そうに言った。


「出会ってしまったんです、彼と……。わたしは兵士でした。外の世界へ出て次の生贄候補を捜していた時です、彼と出会い、愛し合うようになってしまった……」

 女囚は辛そうに言った。こからか空気が漏れているようで、ヒューヒューと妙な音混じりの声だった。


「それが罪なの?」

 流風は眉をひそめた。

「湖月宮ではおそらく前代未聞の出来事だろう」

 亀市が代わりに答えた。


「わたしは湖月宮に戻らず、彼の元で暮らし、生まれた息子と三人、幸せに暮らしていました。でも、長くは続かなかった、見つかってしまい、彼と息子は目の前で殺されて、わたしだけ連れ戻されました。そして、ここで朽ち果てるまで投獄される刑に……。早く愛する人の元へ行きたい……、それだけを願う毎日なのですが、簡単には死ねない」


「なんと憐れな」

 亀市は鼻を啜った。


「なぜ、一緒に殺されなかったのかしら」

「藻は残酷じゃ、死ぬより辛い目に遭わせたかったんだろう、裏切り者には容赦ない奴じゃ、ここは藻が作った都、藻に従わなければならないんじゃ。ここの女たちは一生ここで暮らす、儂はその女たちに種を授けるため、生贄として連れて来られたんだ」


「じゃあここの人たちはみんな王様の?」

「ほとんどが儂か、先代王の娘だ」

「でもなぜ、女ばかりなの?」

「湖月宮では、なぜか男児は死産か、産まれても育たないと聞いている、しかし」

 亀市は女囚を見た。

「お前の息子は育っていたと……外の世界だったからか?」


「なるほど、そう言うカラクリか」

 霞はなにか納得したように頷いた。

「なんのカラクリよ」

「わたしは、藻のすることに口出しするつもりはない」

「妖怪仲間だもんね」

「妬くな」

「妬いてない!」


「あなたは……妖怪なのですか?」

 会話を聞いた女囚は霞に熱い視線を送った。

「なら、わたしを殺す力もあるのでは……」

「当然だ」

「では……、殺して……ください」


 霞は腕組みしながら流風を横目で見た。

「どうする?」

 しかし、流風には答えられない。

「出来るなら、楽にしてやってはくれまいか」

 亀市が口を挟んだ。


「儂にはなんの力もない、こんな残酷な刑を目の当たりにしても、なにも出来ない情けない王じゃ、出来るなら、苦しみを早く終わらせてやってほしい」

 亀市は涙ながらに訴えた。


「そう言うなら」

 霞は女囚に向き直った。


「本当によいのだな」

「お願……」

 また歯が抜け、今度は顎も外れたようで、言葉が続かなくなった。

「承知した」


 霞は口笛を吹くように息を吐き出した。

 すると薄紫の煙が、女囚の体を包み込んだ。

 女囚は目を細め、口元に笑みを浮かべたように見えた。


 薄紫の煙の中で、女囚の肉はボロボロと落ちて、骨だけになった。

 その骸骨もハラハラと砕け、白い粉が地面に散った。

 やがて骨の粉も、蒸発するように舞い、消えて無くなった。


「これでよかったか?」

「ありがとう……」

 亀市は霞の手を固く握った。


 その時、


「よくはありません!」

 怒鳴り声に振り向くと、藻が鬼の形相で立っていた。

「霞様とて、勝手なことをされては困ります!」


「おや、怒らせてしまったようだ」


   つづく


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