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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第5章 湖月宮

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その6

「この人たちをここへ導いたのは、さやの息子のことだけじゃなくて、外の世界の真実を聞きたかったからじゃないんですか?」

 もえなえに尋ねた。


 秧は視線を逸らして地面を見た。

「外の世界は聞いていたモノとは違うと以前から思っていた。なみはなにも感じていないようだが、わたしの中には漠然とした疑問が生じ、行くたびに大きくなっていった」


 秧は辛そうに目を固く閉じた。

「しかし! あや様の言葉が偽りであるはずない! なにか事情があるはずだ!」 

 そして、睨むようにとおるを見た。

「それに、お前は莢の息子ではないかも知れないし」


「だとしたら、俺は誰の子供なんや? 俺も知りたい!」

 澄も秧を睨み返した。


 しばし視線を戦わせてから、やがて澄は目を伏せ、

「ずっと知りたかったんや、自分が何者なんか」

 今までのふざけた感じとは違う澄を、真琴は意外そうに見た。


「父親が殺されて、母親は行方不明、しかもその母親は名前も素性もデタラメやったことがわかって、母が容疑者になった。俺は殺人犯の息子のレッテルを貼られて、ずっと白い目で見られる羽目になってしもたんや」

 握りしめた澄の手は、ワナワナと震えていた。


 軽い奴だと思っていたのに、こんなに重い過去を背負っていたなんて、人は見かけで判断してはいけないと、真琴は少し反省した。


「でもちごた! 父さんを殺したんはお前らやった。湖月宮こげつきゅうの女が生んだ男は育たへんって言うなら、俺は誰の子や? 母親と思てた人が生きてるんやったら、会って聞きたい!」


 短い沈黙の後、秧が静かに口を開いた。

「莢は最も重い刑を受けている、会わない方がいいかも知れんぞ」

「どんな刑なんや? 拷問を受けてるんか?」

「それより酷いかも……死ねない刑だ」

「えっ?」


「食事や水を与えられなくても簡単には死ねない、体が腐って蛆が湧いてもな、やがて骨になり、その骨も朽ち果てるまで死ねないのだ」

 澄は生唾を呑み込んだ。


「あれから14年、まだ生きていても救う術はない、もしお前が莢の子なら、そんな姿を息子に見られたいと思わないだろう」

「……」


「それでも、会うか?」

 澄は頷いた。

「奥に、あや様とるい様しか立ち入れない区画がある、きっとそこだと思うが、そこへ行くには、お前の馬鹿力が必要だ」

 と真琴に視線を向けた。


「失礼やな」

「お前ならこの壁を破壊できるだろ」

 秧は洞窟の壁面に手を当てた。

「この向こうに別の通路がある、ここに穴を開ければ」


 真琴はチラッと澄を見た。

 澄の瞳には熱い決意が宿っていた。

「しゃーないなぁ」


 真琴は右手を壁に当てた。

 金色の猫目に変わると、全身から湧き出る妖気で長い髪がフワリと靡いた。

 次の瞬間、

 轟音と共に壁が崩れて、人一人通れるくらいの穴が開いた。


「すごーい!」

 拍手しながら喜ぶ澄。


 土埃がおさまった時、穴の向こうに見えたのは、岩肌が剥き出しの洞窟ではなく、人工的な壁面だった。

 病院の通路のように白い壁に囲まれた道が続いていた。天井に照明は見当たらなかったが、そこもなぜかほんのり明るく、壁自体が発光しているようにも見えた。


「追手が来ないうちに行こう」

 秧が警戒しながら先頭を行き、真琴、澄、萌が続いた。





「あのぉ、不思議に思てることがあるんやけど」

 澄は遠慮がちに、萌に話しかけた。


「14年前、俺の母親を捜して外に出たって言うてたよな」

「そうよ、莢は元々兵士で、儀式に供え、没落した湖月家の末裔を捜す任務を与えられて外の世界に出たの、あなたのお父さんと出会ったのは偶然じゃなかったと思うわ、あなたたちも湖月家の血縁者だから」


「そのことちごて……、萌さんってずいぶん若く見えるなぁと思て……」

「あたしたちは見た目、年を取らないから、湖月宮には不老の妙薬があるのよ」

「不老?」


「妙薬は劇薬でもある。身体が受け付けなければ死に至るんだ、我々の中にも、体質に合わず死んだ者は少なくない」

 秧が付け加えた。

「そんな危険を冒しての若さか……」

 澄はゾッとした。


「お前たちの世界から連れて来た男たちは、まず妙薬を飲まされる。そして生き残れるかが湖月宮の王を決める儀式なのだ」


「静かに!」

 真琴が突然、先頭を行く秧の腕を掴んだ。

「なんか聞こえるけど」

 秧も耳を澄ませ、

「赤子の泣き声?」

 眉をひそめた。

「ここや?」

 前方に扉があった。


 両開きで重厚な感じの扉には唐草模様のような彫刻が施されていた。

 その大そうな扉の横に秧はピタリと体をつけ、すぐ後ろに控えている真琴に目配せしてから、秧は扉を開けた。


「なんだ……ここは」

 保育器が整然と並び、生後間もない、又は数ヶ月の乳児が入れられていた。

 新生児室のようだった。

 警戒しながら入った秧だったが、その意外な光景に驚き、棒立ちになってしまった。


 続いて入室した萌も驚きに目を見張った。

「この赤ん坊は……」

 萌は保育器から一人を抱き上げた。その時、おむつがスルリと脱げてしまった。

「男の子です!」

「なんだと?」


 その時、奥の扉が開いた。


「お前たち! なぜこんな所へ!」

「泪様」

 白い着物を着た、やはり20歳前後に見える美女だ。長い髪を一つに束ね、哺乳瓶を手にしていた。

侵入している四人を見て、驚き、すぐに怒りに変わった。


「ここへの立ち入りは禁止されているのだぞ!」

「でも泪様、なぜこのような部屋があるのです? たくさんの赤子、いつの間にさらって来たんですか?」

 秧の質問に、泪は鬼の形相になり、

「お前たちに答える必要はない!」

 吐き捨てた。そして、殺気に満ちた眼差しを真琴と澄に向けた。

「何者だ?!」


 澄は愛想笑いを浮かべながら、

「俺は湖月澄、こちらは七瀬真琴さんです」

「自己紹介してる場合か!」

 敵意剥き出しの泪に、真琴は身構えた。


「まさか……この赤子たちは」

 保育器を見下ろす秧は凍りついていた。

「お前は半年前に男児を出産したのだったな」

「わたしの子は死産だったと……、だから悲しみを紛らわせるため、早々に復帰し、戦士としての職務に没頭したんです」


 泪は仕方ないなと言った表情で溜息を一つついた。

「答えてやろう、見てしまったからには、どうせここから出られないのだからな、これは湖月宮で生まれた男児だ」


「もし生まれても、男児は育たずにすぐ死んでしまうと」

「そうだ、お前の子は死んだ、そしてこの子たちも間もなく死ぬ運命だ、丸々太ってからな」


「太らせてから……食べるの?」

 真琴の発言に澄は驚きの目を向けた。


「食べるって……」


   つづく


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