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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第5章 湖月宮

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その5

 廊下に出た流風は辺りを見渡した。と言っても長い廊下が続いているだけ、この屋敷の大きさを物語っているようだった。


 歩き始めて十字路に出る、またしばらくすると十字路、まるで迷路のようだ。騒ぎで出払っているのか、誰とも出会わなかったのが幸いだが、どこまで行っても同じ廊下と襖の風景が延々続いていた。


 その時、襖の一つが開き、十二単の女官が飛び出し、霞とぶつかった。

「ひっ!」

 霞はビクともしなかったが、女官は派手に尻餅をついた。

「ん?」

 女官の不自然な頭に気付いた霞は、いきなり髪を掴んだ。

「あれぇ~~」

 女はか細いが不自然な悲鳴を上げた。

 それもそのはず、おすべらかしの鬘がはずれると、短髪が現れた。


「なにをする!」

 慌てて取戻し、再び頭に乗せたが、遅い。

「なんだ、お前は?」

 女装しているが、十代後半くらい、華奢でナヨっとした感じだの男だった。


「儂は湖月宮の王じゃ」

 キョトンとする流風、この貧弱な男が王? なぜ女装を?


 この格好を不審に思われていることを察した王は、

「ココで男は儂一人、動き回ると目立つから、皆と同じ格好をしたのじゃ」

 おすべらかしの鬘をかぶりなおした。


「お主たち、見かけん顔だな」

「我らは外から来たのだ、生贄にされた少年を捜すためにな」

 止める間もなく霞はあっさり打ち明けてしまったが、この王と名乗る男、信用できるかどうかわからないと、流風は少々焦った。


「そうか! それは好都合、実は儂も拉致されてきた少年たちを逃がしてやりたいと思ってな、なにやら騒ぎが起きているうちにと」

「なぜ王が? お前の命令で拉致したのではないのか?」


「王と言ってもただのお飾り、なんの力もないわい、湖月宮はあやの国だ、すべてアイツが仕切っておる、百年毎に贈られるはずの生贄が来なかったから腹を立て、部下に命じて拉致して来たんじゃ、明日、ここでの儀式が行われたら、何人か、いや皆死ぬかも知れんのだ」


「ここでの儀式とは? 祠に生贄を捧げるのが儀式ではなかったのか? ……そうか、藻が食うのか、藻のあの肌艶、人間を食っておると思ってたわ」

 霞は納得したように言ったが、


「それは違う、藻は少年たちの中から、新しい王を選ぶのじゃ、儂も百年前、生贄としてここへ落とされ、そして選ばれた」

「百年前とは……お前」

「今年で116歳になる」

「そうは見えんな、お前も妖怪か?」


「元は普通の人間だった、湖月亀市こげつきいちと言う名のな……、生贄にされた男は、ここへ来ると直ぐに不老の妙薬を飲まされるんじゃ、飲むと年を取らない体になる、ここの女たちも皆若く見えるだろ? しかし、それは劇薬でもあり、体質に合わないと命を落とすのじゃ、儂の他は皆死んだ」


「もしかして、多鶴の兄か?」

「多鶴を知ってるのか! 多鶴は元気にしてるか?」

「死んだらしいぞ」

 亀市は寂しそうに目を伏せた。

「そうか、あれから百年も経つからな」


「孫に会ったぞ、それで儀式の話しを聞いたのだ」

「孫がいるのか……多鶴は幸せな一生を送ったんだろうか」

 顔をあげた亀市の目は涙で潤んでいた。


「拉致された者の中には、多鶴の子孫もいるのかも知れんな、早く助けに行かねば!」

「監禁場所は分かっておるのか?」

「おお、こっちじゃ」


 亀市は誰もいないのを確認してから廊下に出た。


 迷路のような廊下を進むと、突き当りに木戸があった。

 それを開けると、地下へ続く階段があった。仄かに明るかったが、どこまで下りているのかはわからない、かなり長そうな階段だった。

 亀市を先頭に霞が続き、最後に流風も下りはじめた。


「賊がこっちに来てなければ良いのだが」

「あ奴は牢獄で暴れてると、言っておったが」


「この階段は地下牢に続いているんじゃ、地下洞窟の上にこの屋敷が建っておるんじゃ、少年たちは一般の囚人たちとは別の牢に監禁されておる、離れているから大丈夫だと思うけど……」


 流風は嫌な予感がした。



   *   *   *



 無数の矢が一つの的に向けて放たれた。

 茶金色の毛皮が薄暗い洞窟の中でも輝いている。化け猫は迫り来る矢をまとめて前足で振り払った。

 数本は損ねたが、妖気をまとった毛は矢尻を受け付けずに弾いた。


「ガオォォォ!!」

 猫というより百獣の王を彷彿させる雄叫びは、周囲の岩に反響して十倍の迫力。声に込められた妖気が衝撃波となって襲いかかった。

 女兵士たちは見えない力の直撃を受けて吹っ飛ばされた。


 しかし、それに耐えた強者が一人、隊長のなえは地面を蹴って身をひるがえしながらジャンプ! 真琴を頭上から攻撃しようと試みた。

 真琴の目は見逃さない、鼻先で秧の体を捕らえて天井に押し付けた。


「くっ!」

 秧は刀の柄を天井に当てて、体を直撃から守った。

 が、地面に落下した。

 真琴は素早く秧の腹部を前足で踏みつけて捕らえた。


 その瞬間、

 突然、天井に亀裂が走ったかと思うと、岩が崩れ出した。


 崩落した天井の石と土埃に、真琴と秧は生き埋めになった。

 通路は分断され、女兵士たちは向こう側に見えなくなった。





 ほどなく、瓦礫の一部の石が、ガラガラと音を立てて崩れ、岩の間から、変化へんげしている真琴が這い出てきた。


「真琴ちゃん!」

 駆け寄るとおる

「大丈夫?」


 真琴は伸びをしながらブルブルと土埃を掃ってから、人間の姿に戻った。

「どうもない、で、アンタは?」

 と振り返ると、真琴が出てきた穴から、秧が姿を現した。


 こちらは全身傷だらけ、頭の傷から流れた血が額を伝って顎まで滴っていた。

 真琴はそんな秧を見下ろしながら、櫛で髪をとかし始めた。


「真琴ちゃんはなんで汚れてへんの? さっきも濡れてなかったし」

 そんな真琴を澄が不思議そうに見た。

「そこが気になるか?」


 澄は埃をかぶって薄汚れた顔を、手で拭った。

「ほら、俺は真っ黒、こんな姿を女性に見られるなんて不本意や」

「あたしレベルになると、まとってる妖気で、外部の影響は受けへんのや」

「なるほど、便利やな」


「そんなことより、アンタ、わざとやろ」

 真琴は目を細めながら秧を見た。

「わざと天井壊して、他の奴等と引き離したんはなんでや?」

「気付いたのか」

「当たり前や」


 秧は胡坐をかいて座りなおした。

「確かめたいことがあって」

 もえが自分の着物の袖を破って包帯代わりにし、秧の頭に巻いた。

 手当てしてもらっているのに礼も言わず、秧は懐から一枚の写真を取り出して澄に渡した。

「この赤ん坊はお前か?」


 まだ生まれたばかりの澄を抱いた母親と寄り添う父親の家族写真。両親の記憶はなかったが、アルバムは残っているので、叔父の湊から思い出話はたくさん聞かされている。


「ああ、両親と俺や」

「お前は本当にさやの子なのか?」

「それはこっちが聞きたい」


「14年前、莢の居場所を突き止めたなみとわたしは、連れ戻すために障害となった莢の夫を殺した。だが、子供には波の術が通じなかった、まぁ、男児なら近いうちに死ぬだろうと捨て置いたのだが」

「やっぱり、父さんを殺したんはお前らやったんか!」


 澄は殴りかからんばかりの勢いで秧に迫った。

 秧は臆することなく、澄を睨み返した。

「お前を見つけたのは偶然だった。儀式に必要な湖月家の末裔を捜して、あの家に辿り着いたんだ。この写真を見た時、まさかとは思ったが……」


「なんか、ややこしそうな話やなぁ」

 真琴は小首を傾げた。


   つづく


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