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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第5章 湖月宮

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その4

 琵琶湖を望む小高い丘に、雑木に埋もれた祠があった。

 屋根までの高さは1.5メートルくらい、幅1メートルくらいで、観音開きの扉は朽ちて今にも外れそうになっていた。


「ここが湖月宮こげつきゅうの入口なの?」

「わたしはこんなところから入っておらんがな」

 流風るかかすみは、しずくから連絡を受けていた西田多鶴の孫、敏和から話を聞いて、そこへ来ていた。


 敏和の話によると、百年ごとに湖月家の血を引く未成年の男子をこの祠に生贄として捧げていたらしい。祠は湖月宮という別世界に繋がっており、生贄はその世界で暮らすことになると言われている。


 本当にそんな儀式が行われていたかは定かではない。多鶴から聞かされていたが、多鶴も百年前は赤ん坊だったのんで、実際に見た訳ではない。百年前の儀式で多鶴の兄も生贄に捧げられたらしいが、儀式に関する文献は残されていない。


 湖月家末裔の人々も、そんなお伽噺みたいな儀式が行われていたと信じている者はいなかったが、一週間前、親戚の10歳の男の子が行方不明になっているという知らせを受け、にわかに話題にのぼったらしい。


 その後、気になって調べてみると、他にも湖月家の血を引く遠縁の少年が数名、行方不明になっていることがわかった。ただ、幼児ではなく中高生だったので、家出扱いになっているらしい。


 信じられないが、儀式を行わなかったから、湖月宮からの湖月家の男子を奪いに来たのだとしたら……。その可能性に恐怖しているが、もしそうだとしても、どうしたらいいかわからないと、敏和は額に汗をにじませながら流風と霞に語ってくれた。


 多鶴から綾小路家の話を聞かされていた敏和は、ただのお伽噺じゃなくて、湖月宮が実在して、少年たちが生贄にされているのなら、連れ戻してほしいと懇願した。


「行ってみるか?」

「行けるならね」

 流風は扉に手をかけた。


 中は外観から想像のつく範囲で狭い空間だった。なにも祀られておらず空っぽの埃だらけ、蜘蛛の巣を見て、流風は入るのを躊躇した。


 そんな流風の様子を見た霞は、

「わっ!」

 ふざけて後ろから抱きついた。

 不意の攻撃ともいえる霞の行動に、流風は前につんのめり、祠に足を踏み入れた。


 が、踏むはずの床板がなかった。

 そのままバランスを崩し、二人はピタリとくっついたまま、落ちて行った。



   *   *   *



 お尻にやわらかいモノが当たった。

 流風が落ちたのは、無数の弾力性があるシャボン玉の中だった。


 それがクッションになり痛みはなかったものの、埋もれそうになってもがいているところ、誰かに手を掴まれて引き上げられた。


「こやつは!」

 しかし、すぐに突き飛ばされ、畳の上に尻餅をついた。見上げると、

「女です! あや様!」


 平安時代のような十二単をまとった、おすべらかし頭の女たちに取り囲まれていた。

 しかし優雅な衣裳には似つかわしくない日本刀を構えている。


 霞は涼しい顔をして上段の間に着く女に視線を向けた。

「わたしに刃を向けるとは、失礼ではないか? 藻」


 藻と呼ばれた女は、見た目20歳くらい、お淑やかで可憐に見える一際きらびやかな衣装をまとった美女だった。

 藻は眉をひそめながら霞を見ると、

「もしや……霞様か?」


 霞は不敵な笑みを浮かべながら、

「そうだ、忘れられたかと思ったぞ」

「そのようなお姿なので」

「今は人の姿が都合よいのでな」


 藻は上段から下りて、霞の手を取った。

「二千年ぶりかしら、お久しゅうございます」

 周囲で刀を構えている女たちに厳しい目を向けると、

よう、霞様に善を用意せよ」


 女たちは一斉にひれ伏した。

「さ、さ、こちらへ」

「お前は変わらんなぁ、いや、二千年前よりずっと若いではないか、さぞ良いモノを食っておるのだろうな」

 羨ましそうに藻を見る霞。


 流風はそんな二人を見ながら、改めて周囲に目を配った。

 そこは綾小路家で颯志さじと対面した大広間さながら、いや、それ以上の広さと豪華さを備えたきらびやかな広間だった。

 壁際には女官たちがずらりと控え、上段の間には宴の善が並べられていた。


 ただ、そんな部屋の中央に、流風たちが落ちて来たシャボン玉プールがあるのが、とても不自然だった。


「お前もこちらへ来い」

 霞が険しい顔をして身構えている流風に言った。


「その人間は?」

 藻の殺気を秘めた視線に流風は悪寒が走ったが、霞は気付く様子もなく、

「人間風に言うと、友達だ」

 誰がいつ友達になったんだ! と言いたかった流風だったが、ここは大人しくしておいた方がよさそうだと呑みこんだ。


「人間の友達とは……」

 藻はさっさと上段に座って、勝手に酒を飲んでいる霞を訝し気に見た。

「しかし、なぜ祠の通路から落ちて来られたんです?」

「藻に聞きたいことがあって来たのだ」

「聞きたいこと?」

 藻がオウム返しした時、


「藻様!」

 黒い忍者風装束の女が飛び込んだ。

「大変です! 牢獄で賊が暴れております!」

「なんだと? 何者が侵入したのだ」

「それが……化け猫のようで」


 霞は口を開こうとしたが、流風に盃を押し付けられて制された。

「ん?」

 霞は鬼の形相で睨む流風を見て閉口した。


なえでは手に負えんのか?」

「なんせ、洞窟ごと破壊する勢いなので」

「なんと……」


 藻はすまなそうに霞に目をやり、

「なにやら不測の事態が起きたようで、少し座を外します」

「そうか、大変だのう」

 霞は心のこもらない返事をしたが、藻は既に席を立っていた。


「化け猫があのなら、そりゃ手に負えんだろうな」

 藻たちの後姿を見ながら、流風に耳打ちした。

 確かにこの妖気は真琴に違いないと流風も感じた。

 またすみれに厄介事を押し付けられたのだろうが、そんなことより、


「行くわよ」

 流風は立ち上がった。

「どこへ?」

「決まってるじゃない、今のうちに行方不明になってる人を探すのよ」


 霞は名残惜しそうに盃を見たが、仕方なく流風に続いた。


   つづく


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