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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第5章 湖月宮
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その1

 あどけない寝顔。

 母親の腕の中でどんな夢を見ているのか、赤ん坊はスヤスヤと眠っていた。

 その時、母親が首筋に刃物を突き付けられていることなど知る由もない。


「この子だけは」

 母親は震える声で言ったが、その口に猿轡がかまされた。


 頭巾をかぶった黒装束の不審人物は二人、人相はわからなかったが、短い着物の下から伸びた綺麗な足から女であることが窺えた。


 一人が母親の手から赤ん坊を取り上げた。

 抵抗しようと動いた瞬間、研ぎ澄まされた刃が首筋に当たって血が滲んだ。


 その時、ドアが開き、夫が入室した。

 妻が刃物を突き付けられている姿に驚いたのも無理はない。

「なんやお前らは!」


 妻子を救おうと侵入者に飛び掛かった。

 赤ん坊を取り上げた女は慌てることなく、突進する父親の額に人差し指を突きつけた。

 すると父親の体は瞬間冷凍されたように固まり、動きが封じられた。

 そして、


「うぐっ!」

 父親は目を剝きながら膝をつき、苦しそうに横転した。


 口角から水が溢れ出した。

 恐怖と苦悶に満ちた表情で、喉元を掻きむしりながらのた打ち回り、ガバッと開いた口から大量の水が溢れ出した。


 父親の体は痙攣し、程なくグッタリと床に伏せた。

 そして動かなくなった。


 女は赤ん坊をベビーベッドに寝かせてから、父親にしたのと同じように、人差し指を額に突きつけたが……、赤ん坊はスヤスヤと眠ったまま。

 女は驚きに目を見開きながら、母親を捕らえているもう一人の女に視線を送った。

「術が効きません」

「なに?」


 後ろ手に縛られ、猿轡を噛まされている母親は、体をよじる他はなにも出来ずに我が子の安否を心配するあまり、気が狂いそうになっていた。


「その子はどうせ育たぬ、捨て置いても死ぬ運命だ」

「はい」

 二人の賊は母親を引きずるようにして部屋を出た。


 赤ん坊はなにも知らずに寝息を立てていた。



   *   *   *



 京都に本家がある綾小路家あやこうじけは、平安時代から続く旧家で、現在、表向きは実業家だが、実は昔から妖怪退治を生業としていた。


 一番年長者のしずくは、綾小路家に代々伝わる銅鏡に映る未来を見る事が出来る、唯一の人物だった。


多鶴たづがなにかを訴えてる」

 銅鏡を前に、雫が年に合わぬ可愛らしい声で言った。

「多鶴?」

 後ろに控えていた流風るかがオウム返しした。


 雫は振り向いて、流風の正面に座り直すと、

「彼女は戦前からの古い友人でな、去年亡くなる直前まで文のやり取りを続けてたんや、彼女の実家は、奥琵琶湖で大地主やった湖月家こげつけや、昔は綾小路と肩を並べる家柄やったけど、今は没落して一族は離散してるんやけどな」


「多鶴は死ぬ間際まで気にしてたことがあってな、湖月家には代々継承されてた儀式があるんや、百年に一度の儀式を行う者がいーひんようになってしもたと……、その百年目が今年なんや」


「湖月家? 湖月宮こげつきゅうと関係があるのだろうか?」

 突然現れたかすみが口を挟んだ。

 いつの間にか、横にチョコンと座っている霞を見て、流風は驚くと同時に苦笑いした。女の目から見てもドキッとする美しさ、今日はドレッシーな淡いブルーのワンピース姿だ。


「妖怪が来る場所じゃないでしょ、颯志さじ様にも言われてるのよ、妖怪退治の本家に、妖怪が出入りするのは好ましくないと」

 流風は厳しく言ったが、

「まあエエやん、霞はエエ妖怪やし、うちが許す」

 雫は微笑んだ。


「霞は湖月宮を知ってんのか?」

いにしえより存在する女だけの都だ、二千年程前だったか、迷い込んだことがあってな、たいそうなもてなしを受けた」


「あなたをもてなすなんて、そこの住人は普通の人間じゃないのね」

 流風は皮肉っぽい目を向けた。

「お前たち人間は異なるモノを認めないからな、そう言う意味では人ではない、しかしお前たちほど野蛮ではないぞ」


「アンタらから見たら人間は野蛮か、耳が痛いなぁ」

 雫は苦笑いした。

「で、どこにあるんや?」

「琵琶湖畔に入口がある」

「湖月家と無関係ではなさそうやな、儀式もそうやけど、調べてみる必要があるなぁ、多鶴の孫が健在やし、なにか知ってるかも知れん」

 雫は言った。

「うちから連絡しとくし、話を聞いておいで」

「はい」


「仕方ない、わたしも一緒に行ってやる」

「こなくていいわよ」

「遠慮はいらぬぞ」

「遠慮じゃないし!」


「お前達は姉妹のようやな」

 雫は微笑みながらそう言うと、大きなあくびを一つした。


   つづく


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