その9
そこは焦土と化していた。
なぎ倒された木々は焼けこげ、炭となり、まだプスプスと弱々しい煙を上げていた。
かつては銀杏が立ち並び、秋も深まると黄金の葉を誇らしげに広げていただろう美しい風景は、見る影もなかった。
焦土の中にただ一つ、形を留めている大樹があった。
樹齢千年は越えているだろう銀杏が、縦真っ二つに引き裂かれながらも、かろうじて立っていた。
樹高30メートル以上はあった大樹がどうして裂けたのか……。
大銀杏は千年の寿命を今、終えようとしていた。
その根元に、白い雀が横たわっていた。
せり上がった根の隙間に守られ、炎を逃れた子雀だが、傷ついた体から血液が流れ出ていた。
(お前の骸を苗床として、生まれ変わることが出来る)
白い雀は薄れゆく意識の中で澄んだ声を聴いた。
(お前も生まれ変わるがいい、わたしと共に……
そして待つのだ、
お前を那由他と名付け慈しんだあの者と共に戦った五人が転生するまで、
いつか再会を果たした時、この日の出来事を教えてやるといい、
そして、再び戦う時が来たことを……)
いつの間にか、雀の骸は消えていた。
そこには新しい芽が息吹いていた。
「そうやってお前は生まれたのか」
霞は大銀杏を見上げた。
その高い枝に那由他が座っていた。
「だが解せぬ、なぜ五人なんだ? 戦いの場に赴いたのは六人だろ?」
「悠輪は転生しいひんし」
「悠輪、中心にいた僧だな」
「巣から落ちたあたしを助け育ててくれた優しい人」
那由他は哀しそうに目を伏せた。
「悠輪の魂はまだこの下にある、一人でアイツを封印してる」
「どう言うことだ?」
「滅することに失敗して五人は命を落とした。残った悠輪一人では、大銀杏の霊力を借りても封印するのが精いっぱいやったんや」
「それが信じられんのだ、雌雄は決したはずだ、勝利は揺るぎないものだったはず、だからわたしは智風に頼まれて、都に漏れ出した雑魚どもを一掃する為、先に戻ったのに」
那由他はフワリと飛び降り、霞の横に立った。
「なのに智風は戻らなかった」
霞は潤んだ瞳を那由他に向けた。
「いったいあの後、何があったんだ?」
「それは五人が揃って、前世の記憶が甦ったらわかる、悠輪は待ってるんや、転生した五人が、今度こそ完全にヤツを滅する為に戻ってくれる日を」
「お前は知っているんだろ」
「あたしの口からは言えへん」
「言わんのか」
イラついた霞の口元から牙がキラリと覗いた。
「一呑みにしてやろうか」
「出来るもんなら、やってみぃ」
「ちっ、お前なんか食ったら、腹を壊すわ」
「あと二人、揃えばわかる」
「早く捜せよ、わたしは気が短いんだ」
「よう言うわ、1200年も寝てたくせに」
「口の減らん奴だ」
* * *
「今日は朝っぱらから連れ出されて、ほんま疲れる一日やったわ」
家に帰った真琴は、いつもより豪華なディナーを食べながら顛末を菫に報告した。
食事中に相応しい話ではなかったが、菫と無理やり招待された流風は全然気にせず、御馳走を口に運んでいた。
「ノッコちゃんがいなくて良かったわね、誘ったんだけどサキちゃんとショッピングだって断られたのよ、優しい彼女ならせっかくの料理も食べられなくなっちゃでしょうから」
あんな目に遭ったのに、あの後、予定通り出かけたとは、菫が思うほどか弱くないと真琴は思ったが……。
「早々に解決できて良かったけど、あのお嬢さんが酷いイジメをしていたなんてね、……きっと今頃は地獄の業火に焼かれているでしょう」
「たぶん羅刹姫に食われてるし、魂はもっと悲惨な目に遭ってるん違うかな」
「当然の報いだから仕方ないわね、元はと言えばその子たちのイジメが原因で今回の事件が起きたんだから」
「真琴、もしイジメにあっていたら、ちゃんと打ち明けてね」
「なんであたしが」
「あなた友達少ないから心配なのよ、ノッコちゃんと出会うまではまともな友達一人もいなかったでしょ」
笑いを堪えている流風が目に入り、真琴はムッとした。
「流風ちゃんも新学期からはこちらの中学へ転校するんでしょ」
「え、ええ」
「イジメられたら、わたくしに相談するのよ、颯志さんたちは世間の事情に疎いから、当てにならないわよ」
突然風向きが変わり、真琴はザマアミロとばかりに舌を出した。
「珠蓮に頼んで、いじめっ子に鉄槌を下してもらうから」
「自分でせーへんのかい」
突っ込む真琴。
「菫さんはあの鬼を頼りにしてらっしゃるんですね」
流風は思い切って疑問をぶつけた。
鬼に対する嫌悪感を露わにした流風の言い方に、菫の心は少し痛んだ。
「鬼……そうね、彼は鬼にされてしまったけど、元は人間だったよ」
ふと寂しそうな表情を浮かべ、
「長い付き合いになるわ、彼と出会ったのはちょうどあなたたちと同じ年、14歳の時だった。まだ女優を夢見る少女だったころ」
真琴は慌てて、
「理煌はまだ帰ってへんの? 今日も弁護士さんに会ってるんやったっけ」
菫の話が長くなるのを予感して話を逸らそうとしたが、もう菫の耳には入らない。
「聞きたいでしょ流風ちゃん、わたくしと珠蓮の出会いの物語を」
「え……」
流風は真琴に目くばせしたが、真琴は渋い顔をするだけ、
「聞かせてあげるわ」
目力で迫る菫に抵抗できず、
「ええ」
「あれは、わたくしが14歳の時だった」
<このお話は外伝で>
第4章 反魂香 おしまい
第4章 反魂香を最後まで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ続きますので、よろしくお願いします。
外伝は別枠で投稿予定ですので、そちらもよろしくお願いします。




