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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第1章 氷室
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その4

珠蓮じゅれんから連絡は?」

 すみれはイライラモード。


「昨日の今日や、すぐには無理やろ」

 那由他なゆたが面倒臭そうに返した。


 京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、悠輪寺ゆうりんじがある。

 門の両脇には仁王様が侵入者を見張っている。門扉はいつも開いているが、檀家は少なく、文化財もないこの悠輪寺を訪れる者は滅多にない。


 門をくぐると正面奥に本堂があり、それを守るように大きな銀杏の木が囲んでいる。秋も深くなると落ち葉が黄金の絨毯を敷く。今はまだ緑の葉が真夏の陽光を浴びて、青々と輝いていた。

 右手には石のお地蔵様が微笑み、横に五輪塔が並んでいる。

 左手は無人の受付、その後ろに庫裡の建物が見える。


 庫裡の室内は、古めかしい外観とは対照的に、普通のLDKで、フローリングの床、システムキッチンにテーブルセット、と洋風である。


 昨日、そこへ菫が訪れた。



     *   *   *



真琴まことが行方不明なんですの、もう3日も連絡が取れなくて」

 ハンカチを握りしめながら訴える七瀬ななせすみれは御年58歳、と言うのはここだけの話で、女優である彼女は、真琴という中学生の孫がいるとは思えない若見えと美貌を誇っていた。


 若い頃は清純派スターで、何本もの映画に主演し、テレビでも見ない日はない売れっ子だったが、22歳の時、電撃結婚を機に引退した。

 しかし子供たちの成人をきっかけにカムバックし、今では演技派大女優の地位を不動のものにしている。


「先週、奥多摩でサスペンスのロケがありましてね、わたくし、うっかり枕を忘れてしまって、真琴に届けてもらったんですの」

「枕とな……」

 悠輪寺の住職、重賢じゅうけんが細い目をさらに細めた。

 重賢は、つるつるに輝く頭、細い目がいつも微笑んでいるように見える柔和な顔をした75歳の老僧である。


「わたくし、あの枕でないと眠れませんの」

「送ってもろたら、よかったのに」


 すかさず口を挟んだ那由他は、銀色に輝くショートの巻き毛、クリッとした二重瞼に碧色の瞳、ふっくらした口元が可愛い、愛嬌たっぷりの16、7歳に見える少女だが……。


「それじゃ翌日しか届かないでしょ、一晩でも眠れなかったら、お肌の艶が違うのよ」

 どれだけ美容にお金をかけているのか、シミ、シワ一つない艶々の肌である。

 この女もある意味化け物だと那由他は思っていた。


「とにかく、真琴は快く届けてくれましたわ」

 那由他の脳裏には、しぶしぶ面倒臭そうに枕を持って家を出る真琴の姿が浮かんだ。


「ちょうど連休だし、撮影を見てゆっくりして行けば、と言ったんですが、予定があるからとすぐに帰ったんです、ところが」

 菫はオーバーにハンカチを目頭に当てながら、

「ロケが終わって帰宅しましたら、帰ってないんですの! 掬真きくまさんはてっきりあたしと一緒だと思っていたらしくて」

 七瀬掬真は菫の夫で売れっ子のミステリー作家。16歳の年の差を乗り越え電撃結婚した相手である。


「あんたら、3日も連絡取りあわへんの?」

「仕事の時は集中したいので、掬真さんも理解してくれてるから急用以外電話しないんですよ、でも、心はいつも繋がってますから」

「はいはい」

 夫婦関係は36年間ずっと奇跡的にラブラブである。


「警察に捜索願を出そうかとも思ったんですが……、なにぶん普通の子じゃありませんから」

 重賢は腕組みをして頷いた。


「蓮なら、あの子の居所を察知できるんじゃないと思って」

「なんで俺が?」

 たまたま居合わせたものの、関わり合いたくないと知らん顔してコーヒーを飲んでいた珠蓮じゅれんは、いきなり矛先を向けられてむせかけた。


「あなたが留守じゃなくて良かったわ」

 珠蓮を見つめる菫の目力は迫力満点。

「俺はここに住んでる訳じゃないんだけどな」

 珠蓮の呟きを無視して菫は続けた。


「鬼の妖力を持つあなたなら、優れた嗅覚で、3日前の臭いだって追えるでしょ」

 ふだん人間の姿をしている珠蓮は、Tシャツにジーンズとスニーカー、ラフな服装の十代後半、鋭い目つきがガラ悪そうな青年。

「あなたなら見つけられるでしょ」


 さらに増す目力ビームに珠蓮はいたたまれなくなり、重賢に救いを求めたが、

「菫さんはお前を頼りにして来たんや」


 と言う訳で、真琴の捜索は珠蓮に託された。



     *   *   *



 しかし、丸1日たっても連絡はなかった。


「鬼の嗅覚は優れているから、すぐに見つけられるって言ってたじゃないの」

 そう言ったのは自分だろう! と那由他は心の中で突っ込んだが、ウルウルした瞳で那由他を見つめる菫の目力は昨日以上。

「わたくし、心配で心配で眠れませんの、だからお肌もボロボロで」

 いやいや、十分ツヤツヤだし。

 那由他は再び突っ込んだ。


 どうも菫のペースは合わない、嫌いじゃないが苦手意識のある那由他は、いつものように発言できずにいた。


「お前も行くしかないんちゃうか」

 口調は重々しいが、目は笑っている重賢の心の声が、

(撮影終わって暇な菫は、毎日来るやろうけど、どうする?)

 と、那由他には聞こえた。


「行きますよ、行ったらエエんやろ」

 そう言ったとたん、菫に両手を握られた。

 アップにも耐えられる美しい顔が那由他の目の前に迫った。

「お願いね、一刻も早く、真琴を見つけて」


「は……はい」


   つづく


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