その5
「キャァァァ!」
けたたましい悲鳴に、真琴と珠蓮は足を止めた。
顔を見合わせて方向転換、悲鳴が聞こえた方へ駆けつけた。
電柱に背中を押し付けるように立っていた中年女性が悲鳴の主らしい。足はガクガクで今にも倒れそうになりながら見ていた視線の先には、血溜まりがあった。
中年女性の足元には鞄を握ったままの手首が転がっており、靴やズタズタになった衣服の切れ端が血にまみれていた。そして、被害に遭ったと思われる人物の体は判別できない肉片となっていた。
「酷い……」
真琴は青ざめながら口元を押さえた。
「見たのか?」
珠蓮は悲鳴を上げた女性に視線を投げかけたが、その瞬間、女性は崩れるように倒れて気を失った。
「どうしたんや!」
悲鳴を聞きつけた近所の人たちが集まって来た。
「なんや、これは!」
「誰か110番! いや救急車や!」
気絶した中年女性の周りに人が集まった。
混乱の中から真琴と珠蓮は静かに離れた。
「ノッコたちが襲われてから、まだ5分も経ってへんで」
真琴は眉間に皺を寄せた。珠蓮も厳しい表情で、
「一瞬で人間をミンチにするなんて」
「そんな表現やめて、もどしそうやわ」
「早く止めなきゃ、これ以上人間ミンチが増えないうちに」
「そやし~~」
臭いを辿った真琴と珠蓮は、廃校になった小学校の前に着いた。
門は閉ざされているが、正面に体育館、右手に3階建の校舎が見える。今は町内の人が集会所に使っているくらいで、市内の一等地なのに有効活用はされていない。
「ココに逃げ込んだのか?」
「棲みついてるんかも、人の出入りは少ないし、広いし」
二人が門を見上げていると、
「真琴ちゃんに珠蓮くんお揃いで」
聞きなれない声に、二人は鋭い視線を向けながら身構えた。
そこには見慣れぬ美少女がいた。泣き腫らした目がなんともセクシーだった。
真琴はすぐにそれが新だと気付いた。
「また呪いが発動したん?」
着替えたようで、男女どちらでも大丈夫な、ラフな服装をしていた。戻った時のことを考えてダブダブだったが、それもまた可愛かった。
「君たちが一緒ってことは、例の殺人犯を追ってるんか?」
「当たり」
真琴は校舎に視線を流した。
「じゃ、俺も協力する!」
「やめとけ、危険だ、今度の奴は人間を一瞬でミンチにする奴なんだから」
「そやし、その言い方はやめて!」
「大丈夫や、変身してる間は超人的な能力を発揮するって知ってるやろ」
新は自慢げに力こぶを作って見せた。
「行こか」
しかし真琴は無視して、珠蓮にだけ目配せすると、ヒラリと門を飛び越えた。
珠蓮も無言で続いた。
「シカトするな~!」
真琴は鍵の掛かった玄関を蹴破って侵入した。
古いが鉄筋コンクリートの校舎は、昔使われていたままの状態を留めていた。
床の埃に足跡が残っていたので、誰かが入ったことはうかがえたが気配はなかった。
「そんな無茶して、誰かに見られてたらどうすんの」
追って来た新が言った。
「ついて来るなよ、死にたいのか」
珠蓮がうっとおしそうに言ったが、
「どうなってもエエよ、こんな身の上なんやし」
新は鼻を啜った。
「この呪いがある限り、俺の人生お先真っ暗や、せめて人の役に立って死ねるなら本望や」
「わかったから泣くな、俺がいつか呪いを解いてやるから」
「ほんま?」
「たぶん……」
「たぶんって!」
「しっ!」
先頭を行く真琴が足を止めた。
頭上に保険室のプレート。
真琴は珠蓮と新に視線を流してから、ドアを開けた。
瞬間、そこから白い煙が湧きだした。
!!
危険を感じた刹那、真琴は獣に変化した。
しかし金茶色に光る毛皮ごと、煙に包み込まれた。
「真琴!」
煙が小さくなった時、真琴の姿は消えていた。
白い煙はやがて人型となり、珠蓮と新の前に立った。
手足はあるものの洋服を着ていないマネキンのよう、顔ものっぺらぼうだが口だけはあった。
「真琴をどこへやった!」
「獣に用はないし幽世へ追い払った、男にも用はない!」
と言うや否や、再び煙となって新に襲いかかかった。
「わあっ!」
新は煙の中で、小蠅を追い払うように両手を動かしてもがいた。
煙は新から離れると再び人型となった。
「なんでや!?」
新は無傷で立っていた。
「そうか、呪いが新を守ってるのか」
珠蓮の呟きに人型の煙が反応した。
「呪い?」
「煙やないで、なんかベトベトしてるし~」
それを聞いて、珠蓮はハッとした。
「エクトプラズムか」
「なにそれ?」
「霊能力の強い霊媒師が、呼び出した霊を幽物質に具現化して吐き出したものだ」
「吐き出すって……」
「だから唾液みたいなモノと言われてる」
「ええぇっ」
新は気持ち悪そうに手をパタパタ振ったが、ベトベトが取れる訳もなく……。
「ちっ!」
エクトプラズムは人型のまま後退した。
「待ちやがれ!」
珠蓮は鬼に変化させた腕を振るが、エクトプラズムの胴体は二つに割れ、珠蓮の爪は宙を切った。
そして再び人型に戻った。
つづく




