その4
「あたしは犬違うで、反魂香の臭いを探せって言われても」
「猫かて、人間の数十万倍の嗅覚があるらしいやん」
瑞羽に頼まれて同行しているものの、朝から闇雲に住宅街を歩かされて真琴はかなりムカついていた。
「だいたい、どんな臭いかも知らんのに」
歩き回ったあげく、出発地点の最初の惨殺現場に戻った二人は、道の脇に供えられたたくさんの花束を見下ろした。
「邪悪な臭いやし直ぐわかるって、雫おばあちゃんが言うたはったし」
「そんな曖昧な、だいたいこの事件と反魂香の関係も定かやないんやろ」
その時、真琴の鼻がヒクッと動いた。
「邪悪な鬼もどきの臭いやったらするけど」
「珠蓮が近くに?」
真琴は道の先に視線を流した。
* * *
「今日は真琴、どうしたん?」
咲子が並んで歩く華埜子に尋ねた。
「瑞羽さんに呼ばれたとか、瑞羽さんって親戚のお姉さんやけど、急用らしい」
「真琴を呼び付けるなんて、強者やな」
「うん、逞しいで」
「ココだけの話し、ショッピングは真琴抜きの方がエエやん、いらちやし、ゆっくり出来ひんやろ」
華埜子は悪戯っぽく肩をすくめた。
「確かに」
本間咲子はクラスメートで、華埜子と真琴の数少ない共通の友人である。いつも一緒に入る訳ではないが、程良い距離感が、秘密を抱える真琴には安心だ。
「そう言えばこの辺りやったん違う? 一昨日の事件現場」
咲子が辺りを見回した。
「あの猟奇殺人? もうちょっと向こうかな」
「犯人まだ捕まってへんのやろ、被害者はうちの中学出身者やて知ってた?」
咲子は興味津々に目を輝かせた。彼女は将来ジャーナリストになると公言しており、新聞部に所属している。
「もしかしたら犯人もうちの中学出身者やったりして」
「そんな怖いこと言わんといて」
「犯人もこの辺に住んでるかも~、気ぃつけなな」
「真っ昼間やで、大丈夫やろ」
華埜子は背筋に冷たいモノを感じた。しかし、それは咲子の話しからではなかった。
前方に白い煙が立ち昇っているのに気付き、華埜子はハッとして立ち止まった。
「なんやろ、あれ……」
「えっ?」
華埜子は思わず咲子の腕を強く掴んだ。
「どうしたん?」
次の瞬間、白い煙は猛スピードで接近した。
華埜子は咄嗟に咲子を庇うように抱きついて押し倒し、地面に伏せた。
白い煙に包まれ、得体の知れない恐怖に華埜子は硬く目を閉じた。
次の瞬間、白い煙はパッと散った。
恐怖が去ったのを確認してから、華埜子は目を開けた。
「大丈夫!?」
そんなに強く押し倒したつもりはなかったのだが、咲子は気を失っていた。
「サキ!」
「大丈夫か!」
そこへどこからか珠蓮が駆けつけた。
「あたしは大丈夫、サキが」
珠蓮は屈んで咲子の首筋に手を当てた。
「気を失ってるだけだ」
華埜子はホッと息をついた。
「でもなんで蓮が?」
「今、物凄い邪気が」
「あの煙みたいなのが?」
華埜子はポケットからお守りを出した。
「重賢さんの御守りが守ってくれたんやね」
珠蓮は腕で顔を隠しながら飛び退いた。
「出すなよ!」
「ゴメン」
華埜子は慌ててポケットにしまった。
「でも煙じゃなかった、なんかジメッとした感じで」
「ノッコ!」
次に血相変えた真琴も駆けつけた。
「大丈夫か、怪我は!」
「大丈夫、御守りのおかげで」
ポケットに手を入れるが、思いとどまって出すのをやめた。
「これが……」
真琴は鼻の穴を広げながら宙を見つめた。
「反魂香の臭い?」
「真琴、不細工……」
「あ……」
慌てて顔を元に戻す真琴。
「香? 妖怪の臭いじゃないのか?」
珠蓮が聞いた。華埜子も、
「反魂香って何?」
「死者の魂を蘇らせると言われるお香や」
遅れて来た瑞羽が答えた。
「じゃあ、この事件は幽霊の仕業か?」
珠蓮は腕組みした。
「妖怪じゃないのなら俺の射程外だ」
「でもいくら香を焚いたところで、人間に死者を蘇らせるなんて無理やで、ぜったい物の怪が絡んでるって」
突然、真琴の真横に姿を現した那由他が言った。
「近いっ!」
例によって不快感露わに顔をそむける真琴。
那由他はかまわず真琴の首に手をまわして纏わりつきながら、
「そやし、早よ見つけて成敗なさい! って、菫から珠蓮に伝言」
「たくぅ、人使いが荒いんだから」
「今やったら、臭いで追えるかも」
真琴は那由他を押し退けて周囲を見渡した。
「こっち!」
真琴と珠蓮は駆け出し、那由他は消えた。
腕組みしながら見送る瑞羽に、華埜子は、
「行かへんの?」
「アイツらに追いつけると思う?」
「確かに……」
つづく