その3
「いやぁ、申し訳ない、儂の不注意で……」
庫裡に戻った重賢はツルツル頭を掻きながら菫に謝った。
「呪いが発動しちゃったのなら仕方ないわ、帰りはタクシーを呼びましょ」
テーブルで勝手にお茶していた菫は溜息をついた。
「で、また雲隠れしたのね、元に戻るまで」
「そのようやな、泣きながら走って行ったし」
「別にかまわないのに、新くんがどんな姿でも」
そう言いながら菫は、重賢の後方にいる流風に気付き、
「あなたが流風ちゃんなのね」
女優スマイルを披露した。
「はじめまして、真琴がお世話になっているみたいで、一度お会いしたいと思ってたのよ、真琴の祖母の菫です。ヨロシクね」
「こちらこそヨロシクお願いします」
「ビックリしたでしょ、新くんが急に女の子になっちゃって」
いやいや、あなたの若見えの方が驚きですよ、と流風は心の中で突っ込んだ。お祖母さんではなく、母親でも十分通る。
「ええ、でも事情は伺いましたから」
「さすが綾小路家の人、受け入れが早いわ」
「で、菫さん、今日は何の相談や?」
「あら、そうだったわ」
「じゃあ、あたしはこれで」
挨拶も済んだので流風は帰ろうとしたが、菫が目力で制した。
「ダメよ、あなたはこの後、うちで夕食をご一緒するんだから」
「えっ?」
「お座りなさい、少し待っててちょうだい」
菫の迫力に流風は歯向かえず、大人しく座った。
それを見て菫は満足そうに頷くと、重賢に向き直った。
「一昨日、お友達の娘さんが亡くなられたのよ、それも惨い殺され方だったの、人間の仕業とは思えない……」
流風の眼がキラリと煌めいた。重賢の眼は細すぎて反応を読めないが、
「一昨日と言うと、女子中高生連続殺人の最初の被害者か?」
重い口調で言った。
「そうです、昨日も立て続けに3人が犠牲になっている猟奇殺人事件ですわ、新くんがお兄さんから聞いた話によると、なんの手がかりも掴めず、犯行の手口さえ分からなくて、早くも暗礁に乗り上げてるらしいのよ」
「お兄さんとお父さんも京都府警の偉いさんやったな」
「どうやって切断されたのか、遺体はバラバラで原型を留めていなかったらしいです、発見されたのは住宅街の真ん中、それもまだ日が落ちていない時間だったのに、目撃者なし、悲鳴を聞いた人もいなかったんですって」
「別の場所で殺されて遺棄された可能性は?」
重賢の問いに、菫は首を横に振った。
「犯行現場はそこに間違いないらしいです、……死後ではなく、生きたまま切り刻まれた可能性が高いと解剖でわかったらしいですわ、解剖と言っても……」
菫は青ざめながら口元をハンカチで押さえた。
「なのに悲鳴一つ上げられなかった、と言うことは、一瞬で切り刻まれた、人間業じゃありませんわ」
「綾小路家の出番違うか?」
重賢が流風にチラッと視線を流した。
「もちろんです、すでにみんな動いています」
流風は厳しい口調で言った。
「でも手掛かりは全く掴めてないんでしょ、今朝、瑞羽ちゃんが真琴を連れて行ったわ、真琴に協力を求めるようじゃ当てにならないわよ、ハンターの質、落ちてるんじゃないの?」
菫はそう言ってからハッとして、
「ごめんなさい、あなたは優秀だと聞いてるけど」
「今回は外されてるんです、動くなと」
なぜ外されたのか納得できなかったが、当主である颯志の命令は絶対だ。
「被害者はみんな美少女らしいから、颯志さんは危険だと思ったのよ」
不服そうな流風を見て菫が言った。
「真琴の方が美人ですよ」
「あら、そうかしら」
菫は自分が褒められたように頬を赤らめた。
「真琴やっらた大丈夫やろ、そんじょそこらの妖怪には太刀打ちできひん」
重賢は言ったが、
「でも真琴には危険なことに関わって欲しくないんですの、あの子にもしものことがあったら、わたくし生きては行けませんわ」
菫はハンカチを噛みしめた。
真琴は愛されてるんだ、羨ましい……、と流風は思った。
同時に、狩りに加われない自分が歯がゆかった。
「ところで、珠蓮はどこにいるんです? 彼に犯人捜しを頼みに来たんですけど」
「なんで珠蓮に?」
「遺体は体全部が揃ってなかったのらしいのよ」
「食われたと? 鬼の仕業と思てるんか?」
「それはわからないわ、だから調べてもらおうと……」
菫は急に宙を見つめ、
「那由他、隠れているのは分かってるのよ」
「バレてた?」
那由他は流風の真横に姿を現した。
「なんでこっちなの!」
流風は近すぎる顔を離した。
「珠蓮を連れて来てちょうだい」
「菫はいつも珠蓮に頼るなぁ」
「当然です、いちばん信頼してますから」
鬼と人間に信頼関係? 流風は菫の言葉に眉をひそめた。
「一刻も早く犯人を見つけて成敗してほしいのよ」
「でも、犯人が妖怪やったら成敗しても友達に報告できひんで」
「それでも、被害者の魂は浮かばれると思うわ」
つづく