その1
「今日もキツかったなぁ」
「熱中症で倒れそうやったわ」
夕暮れ時、スポーツバックを持った女子高生三人が家路についていた。
「あっ」
陽奈が着信音に気付き、バックからのスマホを取り出した。
「ママ、なに? なんやなネギ買ってきてって」
その会話を聞いて、美香と文子が思わず噴き出した。
その時、前方に白い煙が立ち昇っているのに美香が気付いた。
「なんやろ、あれ……」
「えっ?」
二人もそちらに注目する。
次の瞬間、白い煙は猛スピードで接近し、彼女たちを包み込んだ。
スマホを持つ手が、地面に落ちた。
切断された手首から流れ出た血がアスファルトに広がっていく。
まだ握りしめられているスマホからは、
『九条ネギやで……陽奈ちゃん?』
母親の声が漏れていた。
女子高生達が立っていた場所には、散乱した大量の肉片が血の海に浮かんでいた。
* * *
京都市内の住宅街、まるでそこだけ時が止まっているような佇まいの古寺、悠輪寺の門を霞はくぐった。
淡いブルーの訪問着は、真珠のような肌を際立たせて霞をさらに美しく見せる。ここへ来る前もすれ違う男全員が、霞を二度見していたが、正体を知ったら腰を抜かすだろうなと思いながら、流風は不機嫌そうに続いて入った。
門をくぐって進むと、右手には石のお地蔵様が微笑み、横に五輪塔が並んでいる。正面奥に本堂があり、それを守るように大きな銀杏の木が囲んでいる。秋も深くなると落ち葉が黄金の絨毯を敷く。今はまだ緑の葉が太陽の光を浴びて青々と輝いていた。
霞は真っ直ぐ進み、本堂の正面で一旦立ち止まった。
建物の周りは、幅3メートルくらいお堀が廻らされており、正面に本堂の入口へと渡る小橋があった。
橋を渡ると急に空気が変わった。
ピンと張りつめた冷気が流風を包んだ。
凍るような冷風が彼女の頬を撫でたかと思うと、次の瞬間、周囲の風景が一変した。
そこは深い森の中、お堀も小橋も本堂も消え、銀杏の木々が立ち並ぶ静寂に包まれた森になっていた。
「ここは……」
目の前に一際大きな木が聳え立っていた。樹齢千年は越えようかという大銀杏が凛と見下ろしている。
「やっと連れて来たんか」
高い木の枝にいた那由他が、銀色に輝く巻き毛をなびかせながらフワリと飛び、ふっくらした唇に人懐こい笑みを浮かべながら流風の真横に降り立った。
「近いっ」
不快感を露わにする流風を気にする様子もなく、
「どうや? なんか思い出したか?」
「なにも」
流風は素っ気なく言い放った。
「それより、なんなのよ、ここは」
「ここは幽世と現世の狭間、特にこの一画は霊木大銀杏が守る、霊気に満ちた場所だ」
霞はその霊気を吸い込むように大きく深呼吸した。
すると本来の姿、白い大蛇に変化した。
「我らは霊気に触れると癒され妖力を増すのだ」
「我らって、あたしは妖怪じゃないし」
「だが、普通の人間でないのも確かだ、人間がここの霊気に当てられると、正気ではいられまい」
那由他は流風の手を取って、大銀杏に触れさせた。
不思議な感覚だった。
ただの樹皮なのに、なぜか温もりを感じた。そして一瞬、何かがフラッシュバックした……ような気がしたが、脳裏に浮かぶ映像はあまりにぼやけていて……。
「どう?」
那由他は瞳を輝かせながら、宙を見つめる流風の顔を覗き込んだ。
流風は不機嫌そうに首を横に振った。
「やっと連れて来たのに、無駄足とは……」
大蛇の霞は寂しそうにもたげていた首をうなだれた。
「来ただけでも一歩前進や」
「霞があんまりうるさいから、朝から晩までずっと付き纏われてるのよ」
「あれ? 綾小路家には妖怪除けの結界があるん違うかった?」
那由他の言葉を受けて、霞は人間の姿に戻り、不敵な笑みを浮かべながら、着物の襟をはだけて肩を出した。
そこには何やら梵字らしき刺青があった。
「智風に入れてもらったのだ、どんな結界もモノともせん」
「便利なモンやんか」
「瑞羽や雫とも、すっかり馴染んで出入り自由だ」
「妖怪退治屋の本拠地に妖怪が出入りするやて、颯志の渋い顔が目に浮かぶわ」
流風は二人に背を向けた。
「帰るわ」
「つれないのう、昔はあんなに仲良くしていたのに」
すり寄る霞に流風はひじ打ちをかまし、プイッと去って行った。
「冷たい奴だのう」
霞は悲しそうに見送った。
「でも、そこがまた可愛いのだがな」
「なんやかんや言うでも、気に入ってるやん」
「綾小路家もなかなか居心地が良いしな」
「そう言えばこの間、雫が、妙な臭いが鏡から出たと言っておったのだが」
「あの鏡、臭いも出すんか? すごいなぁ」
「それが、反魂香だと言うのだ」
「そんなモン、扱える奴がまだいるんか?」
「巷では妙な事件が起きているらしいし、関係があるのではと言っておった」
そこへ流風が目を吊り上げながら戻って来た。
「どうやったら出られるのよ!」
つづく




