真琴と華埜子の出会いの物語
真琴と華埜子が小学生の頃の物語で、ホラーの要素はありません。
カキーン!
爽快な金属音が響いたかと思うと、白球が空高く舞い上がった。
真琴はバットを握ったままボールの行方を目で追った。
「やったぁ! 特大ホームラン!」
バットを放り投げて万歳!
「すげー!」
飛距離に驚く他の少年たち、ボールは金網を越え、民家の塀の中に消えた。
次の瞬間、
ガチャーン!
真琴は両手を高く上げたまま固まった。
決して広くない公園で、小学3年生の真琴たちは草野球をしていた。
七瀬真琴はショートカットで服装もボーイッシュな男の子のように見える女の子。
草野球の実力も男子に引けを取らず、むしろ、抜群の運動神経で勝っているくらいだ。
力任せに振り切ったバットはボールを芯でとらえ、とんでもない飛距離を生んだ。
結果、民家の庭に飛び込んで……。
「真琴! ボールとって来いよ!」
マウンドから広志が叫んだ。
ホームランを食らったわりには、両手を腰に当てて偉そうな態度である。
真琴はすがるような目で広志を見たが、
「俺のボールなんやしな」
広志は眉を吊り上げて仁王立ち、
「返してもらえへんかったら、弁償やで」
広志に催促されて、真琴はボールが飛び込んだと思われる家の前まで来た。
しかし、なかなかインターフォンを押すことが出来ずに、門の前をウロウロしていた。
「……どうしよう、叱られるかな」
独り言をこぼしながら、真琴は恐る恐る垣根の隙間から中を覗いてみた。
「アレは」
庭にいたのが顔見知りの堤華埜子だとわかって、真琴は少しホッとした。
クラスは違うものの、華埜子はいつもニコニコしている優しい子だと知っていたから、きっと両親も怖い人ではないだろう、と言う希望的観測で真琴は門扉を開けた。
「おじゃまします」
声をかけたが、華埜子は俯いたまま動かない。
「あの……」
真琴は遠慮がちに入り、華埜子に近付いた。
それでも華埜子は黙ったまま地面を見つめていた。
そこには木端微塵の植木鉢と土と葉が散らばり、その横にボールが転がっていた。
「ごめん、それ、あたしが打ったボールやねん、ちょっと飛ばしすぎて」
真琴は精一杯申し訳なさそうに言ったが、
「あたしの大事な……」
真琴に向けた華埜子の目は潤んでいた。
「元通りにして返して!」
華埜子の叫びに、真琴は驚いて息を呑んだ。
「なに騒いでんの?」
母親らしき女性が家から出てきた。
華埜子はガックリ膝を着いて、
「お母さん、見てコレ! あたしの大事な天使の草が」
散らばった土の中から、貧弱な草をすくい上げた。
母親はそんな華埜子と、身を縮めている真琴を見て、腕組みしながら溜息をついた。
「気にせんでもエエよ、この子、ちょっと変わってるし」
母の言葉に華埜子は、
「この草は!」
「はいはい、わかってますよ、素敵な王子様が現れて貰ったんやろ、幼稚園の時に」
「そうや、ぺんぺん草みたいやけど、ただの雑草違うねんで、天使が舞い降りて遊んだ、天使の葉っぱなんやで」
「えっ?」
真琴はキョトンとした。
そんな真琴に母親がボールを拾って差し出した。
「けど、気ぃつけてや、割れたのがガラスやったら笑いごと違うで」
「はい、ごめんなさい」
真琴は頭を下げながらボールを受け取った。
母親がそのまま室内に戻ったのを見て、真琴はホッと胸をなで下ろした。
そして庭を出ようとしたが、ふと振り返ると、華埜子はまだ半泣きの顔でしゃがみ込んで砕けた鉢を見つめていた。
真琴は引き返して、
「あたし知ってるで、天使が遊びに来るって場所、きっとその草もあると思う」
華埜子はハッとして真琴の顔を見あげた。
* * *
太陽が昇り切っていない早朝、辺りはまだ薄暗かった。
真琴と華埜子は、そこだけ時が止まっているような佇まいの古寺の前に来ていた。
門の両脇には仁王様が侵入者を見張っている。
「お寺に?」
華埜子は不思議そうに仁王様を見上げた。
門は閉まっていたので、真琴は潜り戸を開けた。
「勝手に入ってエエの?」
「どうもない、ここの和尚さん、知り合いやし」
と言いながら入る真琴に華埜子も続いた。
門をくぐると正面奥に本堂があり、それを守るように大きな銀杏の木が囲んでいる。右手には石のお地蔵様が微笑み、横に五輪塔が並んでいる。左手は受付、その後ろに庫裡の建物が見えた。ひっそりしていて人の気配はない。
真琴は迷うことなく真っ直ぐ進み、本堂の周りにそびえている銀杏の木の下でしゃがみ込んだ。
「確か、この辺に」
「こんなとこにあんの?」
真琴は地面を見ながら這うように進んだ。
「ちゃんと天使が舞い降りたって、証拠がなかったらアカンで」
「天使?」
突然、華埜子の真横に那由他が現れた。
高校生くらいのお姉さんで、銀色に輝くショートの巻き毛に華埜子は目を見張った。
「那由他か、えらい早起きやな」
真琴が素っ気なく言った。
「友達?」
華埜子の問いに、
「アンタこそ、真琴に女の子の友達がいたとは」
那由他が華埜子を珍しそうに見た。
「訳ありでな」
と言いながら、真琴は突然、動きを止め、地面を指差した。
「見て!」
華埜子が真琴の指の先を見ると、湿った土の上に、ポツリポツリと小さな穴が開いていた。
「雨の雫?」
「ここんとこ、雨なんか降ってないで」
「これは天使の足跡や」
「天使の足跡?」
華埜子と那由他も、しゃがみ込んでそれを見た。
「昨日の夜、ここに来てたんや、ここで遊んでた証拠やで」
「寺の境内で天使が遊ぶなんて、おかしいやん、だいたいそんなもん」
バカにしたような那由他の言葉に、真琴と華埜子がすかさず声を揃えた。
「いるんや!」
真琴と華埜子は、目を合わせてニッコリした。
ようやく昇った朝日が地面を照らした。
朝露を乗せた雑草がキラキラ光る。
真琴はその中の1つを根元から掘り出して、華埜子に差し出した。
それをじっと見つめる華埜子の脳裏に、あるシーンが甦った。
幼い少年の泥だらけの手が、朝露をいっぱい乗せた雑草を差し出している。
幼稚園児の華埜子が目を丸くしてそれを見つめた。
「キレイ……」
露に光が反射してキラキラしている。
「昨日の夜、この葉っぱの上で天使が遊んでたんやで」
少年がそう言うと、華埜子はニッコリして受け取った。
「ありがとう、大切にするわ」
幼稚園児の華埜子は、少年の顔を輝く瞳でじっと見つめた。
小学3年生の華埜子が、真琴の顔をボケッと見つめた。
真琴は首を傾げ、
「この場面、前にもあったような? ずっと前、まだ小さかった頃」
「あーっ!」
「あたしの王子様って」
二人は同時にお互いを指差した。
そして、突然、大声で笑い出した。
「王子様違て、女の子やったん?」
「酷い! 男子と間違えてたん?」
「今かて男の子みたいやん」
二人とも一瞬にしてしらけた顔に沈んだ。
「ショック、初恋の相手が女やったなんて」
「ショック、男と間違われて恋されてたなんて」
揃ってガックリ肩を落とした。
* * *
翌日の学校。
チャイムが鳴り終わり、真琴と華埜子が並んで校舎から出て来た。
「この前の雑草、どうした?」
「庭の隅に放っといたら、勝手に根を下ろして、元気に育ってるみたい」
「鉢植えちゃうの」
「王子様違てんもん、地べたでじゅうぶんや、昨日はショックで寝られへんかったわ」
「あたしかて」
「あーあ、幼い頃の夢も壊れてしもたわ、でもいいわ、こんなことくらいで挫けへん、第2の初恋を見つけるもん」
「ま、頑張って」
そこへ広志が後方から駆け寄った。
「真琴、野球しに行こ、堤もどうや?」
「遠慮しとく」
華埜子は即答した。続いて真琴も、
「あたしもやめとく」
「えーっ?」
「あたしももう3年生、少しは女の子らしくせな」
広志はショートカットにGパンと汚れたスニーカー姿の真琴をマジマジと見て、首を傾げた。
そんな広志の様子を見て、華埜子は吹き出すように笑った。
「なにがおかしいねん」
「別にぃ」
華埜子は一段と声をあげて笑い、真琴は腕組みをしてむくれた。
天使の足跡 おしまい
読んでいただきありがとうございます。
本編のほうも、よろしくお願いします。




