その10
「ほんと、酷い目に遭ったわね、何もかも燃えちゃって、大切な物もあったでしょうに、1つも持ち出せなかったなんて、わたくしだったら発狂しているわ」
七瀬家のリビングで、菫は理煌にピタッと寄り添いながらしゃべっていた。
住居を失った理煌は、当面、七瀬家に滞在することになった。
座り心地がいいはずの高級ソファーも、今の理煌には座っているのが苦痛だった。
その向かいで真琴は同情半分と、どんな反応を示すか興味半分で眺めていた。
「もしこの家が燃えたらって考えると……、この家には掬真さんとの思い出がいっぱい詰まってるし、わたくしの出演作品コレクションや、衣裳だって、どれもこれも思い入れ深いし、すべて灰になってしまうなんて、想像しただけで失神しそうだわ」
失神してくれれば、このお喋りから解放されるんだけど、と、理煌は心の中でボヤキながらも、愛想よく聞いていた。
「なにはともあれ、怪我がなくて良かったわ、綺麗な顔にやけどの痕なんか残ったら大変ですもの、それにしてもあの二人、なんて酷い人たちなのかしら、放火して逃げるなんて」
あの二人、とは、英美と瑛太の親子である。
焼け跡から遺体は出なかった。理煌の炎で骨まで残らず灰になったのだろう。
火の気のない地下書庫からの出火だったので、放火が疑われ、直後から行方不明の親子に疑惑の目が向けられていた。
もちろん事実は違う。
しかし真実を知っていても、真琴たちは口を噤むしかなかった。
「清宮さんに聞いたけど、今まで散々灯子さんのお世話になってたそうじゃない、まるで寄生虫よね」
瑛太は心の闇に付け込まれ、魑魅魍魎に寄生されて自滅した。
そのことはまだ菫に説明していなかった。と言うより、話す機会を与えてくれないのだ。
「やっぱり隠し金庫はあったのね、どれだけ盗んだかわからないけど、高飛びしたって、きっとどこかで捕まるわ」
「理煌ちゃん、必要なものがあったら、なんでも言ってね、自分の家だと思って、遠慮なんかしなくていいのよ」
「ありがとうございます」
理煌は飛び切りの愛想笑いをして見せた。
「あら、もうこんな時間、行かなきゃ、真琴、あとは任せるから」
菫は慌ただしく退室した。
「いつも、あんな調子?」
理煌が呆気にとられながら言った。
「すぐ慣れる」
真琴はそう言ったが、
「いいや、慣れへんで」
突然現れた那由他が言った。
「ズルいなぁ、いつもお祖母ちゃんの話が終わった頃に現れるんやもんなぁ」
「嫌いやないけど、あのお喋りは苦手や」
「で、誰?」
火事の時、忽然と消えたので聞けなかったことを理煌は改めて尋ねた。
「あたしは那由他、銀杏の妖精や」
那由他は誇らしげに答えた。
「妖精? フェアリー?」
「1200年前、邪悪な物の怪により都が、日本が滅亡の危機に陥った時、強力な法力を持って戦った高僧の生まれ変わりを探す為、霊木大銀杏に命を与えられたんや」
「……て、サラリと言われても、全然わからないわ」
理煌は困り顔で真琴を見た。
「どうもアンタは、火を操る能力を持つ仁炎の生まれ変わりのようやな」
「理煌が?」
「そうか! あの時、琥珀が見たんは、理煌の前世の記憶やったんか!」
琥珀が突然、真琴の真横に現れた。
「近い!」
真琴は顔をのけ反らせた。
「まったく、鳥系妖怪は突然現れるのが十八番か」
琥珀は気にせず、
「法衣をまとった理煌が、炎を操って戦う姿が見えたんや」
記憶にない理煌は眉間に皺を寄せて思い出そうとしたが、
「あの時は夢中で、なにも覚えてないわ」
「ま、そのうち思い出すやろ」
「でも、思い出してどうしろと?」
「今はまだ、なにも」
「けど……那由他が待ってた生まれ変わりが、また現れたってことは」
真琴は表情を曇らせた。
「1200年前に封印した化けもんが、復活する兆しが濃くなったってことか?」
「なんか、よくわからない話だけど、厄介事に巻き込まれるのはゴメンよ」
「それは無理やな、あんたの宿命なんやし」
「宿命……?」
理煌はその言葉に魂が揺さぶられるような感覚を覚えた。
「大丈夫、何があっても琥珀がついてるし」
不安そうな理煌に、琥珀はニッコリ微笑みかけた。
第3章 琥珀 おしまい
第3章 琥珀を最後まで読んでいただきありがとうございます。
まだまだ続きますので、これからもよろしくお願いします。