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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第3章 琥珀
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その9

 青空に黒煙がモクモクと上がっていた。


 門前には野次馬が集まりつつあったが、消防はまだ到着していなかった。

 庭へ逃れた真琴、流風、霞は炎に包まれた柊邸を見ていた。


 その横に突然、那由他と華埜子が現れた。

「ゴホッゴホッ、死ぬかと思た」

 真琴は心配そうに背中を摩り、

「ありがと、那由他」

「お安い御用や」


「あの理煌って子は?」

 華埜子だけを救出した那由他に、真琴は怪訝そうに尋ねた。

「大丈夫、どうやら理煌は、流風のお仲間みたい」

 とても嬉しそうな那由他を見て、流風は眉をひそめた。


「理煌さん!」

 華埜子の叫びにそちらを見ると、炎の邸から琥珀の肩を借りて出て来る理煌の姿があった。

 理煌は華埜子の声に気付くと、ハッと顔を上げた。

「大丈夫?!」

 駆け寄った華埜子に驚きの目を向けた。


「あなたこそ……どうやって逃げたの?」

 あの火の海、出入口は他になかったはずだ。炎に包まれたと思っていた。理煌は助けられず、見殺しにしてしまったと思っていたが……。


 華埜子の無事な姿を見て安堵した理煌の目に、心ならずも涙が浮かんだ。

「良かった……」

「那由ちゃんに助けてもろたんや」

 那由他はやけに馴れ馴れしい笑みを向けたが、理煌は銀髪の見慣れない少女に、胡散臭そうな視線を返した。

「誰?」


「お前は、仁炎じんえんか?」

 続いて現れた霞に、唐突に言われても訳がわからないし、理煌にとっては怪しげな人物に違いはない。

「誰?」


「間違いないやろ、炎の操り方を見て確信したわ」

「あの火事は、こやつの仕業か?」

「そう、普通の火じゃないし、回りが速かったんや」

「化け物も、始末したのか?」

「そう」

 那由他と霞は理煌をよそに話をした。


「なんの話し?」

 自分の話をしているようなので、理煌は説明を求めたが、その時、けたたましいサイレンが接近した。


「あたしら、消えた方がエエな」

「わたしを送れ、貉婆は先に帰ってしまったようだ」

「しゃーないなぁ」

 と言いながら、二人の姿は忽然と消えた。


「え……」

 瞬きを繰り返す理煌を見て、

「大丈夫、すぐ慣れるし」

 華埜子は苦笑いした。


 その後、何台もの消防車が終結したが、火の勢いは止まらず、柊邸は全焼した。



   *   *   *



「たまには近場でゆっくりするのも、イイものね」

 デッキの手すりにもたれ、琵琶湖の静かな湖面を眺めながらすみれが言った。


 真琴たちが大変な事件に巻き込まれているとも知らず、菫は夫の掬真きくまと琵琶湖クルーズを楽しんでいた。穏やかな湖面には流れる雲が映っており、遠くに比叡山が一望できた。


「菫は知ってたんやな、柊家の不幸は呪いのせいなんかじゃないって」

「ええ、わたしは琥哲さんが落札した時、セリーナの涙を見せてもらってるのよ、それはもう素晴らしいルビーだったわ、もし、呪われた宝石だったら、気付かないはずないわ」

「そうやな」


「呪いどころか、お守りになるようなパワーを感じたわ、なのになぜ、琥哲さんがあんな死に方をしたのか不思議だった」

 菫は辛そうに目を伏せ、

「その訳がようやくわかったわ」

 ハンドバッグから灯子の手紙を出した。


「まさか、彼女が放火したなんて……琥哲さんが中にいるとは知らずに」

 手紙をクシャッと握りしめた。


「わたしには理解できない、仕事とインコに嫉妬するなんて……、確かにあの頃の琥哲さんは多忙で、灯子さんは寂しかったのかも知れない、だからと言って、仕事場である離れと、そこにいるインコを燃やしてしまえば、琥哲さんの愛を取り戻せるとでも思っていたのかしら……、それ以前に、琥哲さんは灯子さんを愛していたのよ、それを信じられなかったなんて」


 手紙を握りしめた手に涙の雫が落ちた。

 掬真はその手に、そっと自分の手をかぶせた。


「きっと灯子さんは、自分に自信がなかったんや、お前とちごて女優の夢も叶わへんかったし、家庭に入っても良き妻、良き母親でいられるか、不安やったんやろう」

「そのあげく、愛する人を自分の手で殺してしまって、苦しんだのでしょうね」

「そやし呪いのせいにしたかったんやな、自分の過ちも、呪いがそうさせたんやと思いたかった」

「呪いなんてなかったのに……」


「わかってて、なんで真琴たちを送り込んだんや?」

「颯志さんがね、流風には友達が必要だって言うもんだから」

「アイツの差し金か」

「その子も負の感情に押しつぶされちゃいそうなんですって」


 掬真は腕組みしながら溜息をついた。

「真琴が適任とは思えへんけどな」

「だからノッコちゃんも誘ったのよ」

「正解やな」


 菫はおもむろに手紙を破りはじめた。

 細かい屑になるまで何度も何度も破り、それを宙に放り投げた。

 微風に乗り、紙吹雪が空に舞い上がった。

 

「あの子たち、どうしてるかしら? セリーナの涙は見つけられたかしらね」

 菫は少女のように悪戯っぽく微笑んだ。


   つづく


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