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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第1章 氷室
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その3

 朝食の善を下げに来たのは、もう一人の家政婦だった。


 成美なるみは20歳前後と若く、田舎には似合わない派手な顔立ちの女だった。今は薄化粧をしているが、妙に長いエクステのまつ毛を取るのは忘れたようだ。

 こんな山奥に住み込みで働きに来るなんて、よほどの訳アリとしか思えない。

 なにか目的があるのだろう、それもよからぬ企みだろうと直感した。


 そう言えば、あの鬼……。

 流風るかは昨夜追っていた物の怪を思い出した。


 確かに鬼だった。幼い頃から特殊な訓練を受け、妖怪を見向く能力には自信はある、間違えるはずない。

 しかし、あの鬼には邪気がなかった。

 いいや、そんなはずない! きっと気を隠すのに長けていたのだろう。流風はそう自分に言い聞かせた。


 孤児だった流風は、綾小路家あやこうじの分家で養女に迎えられた。

 京都に本家がある綾小路家は、平安時代から続く旧家で、現在、表向きは実業家だが、実は昔から妖怪退治を生業としていた。

 その組織は全国にあり、現在も鬼をはじめとする妖怪退治を請け負っている。


 流風が育てられ、ハンターとしての訓練を受けたのは、東京の分家で、京都の本家に次ぐ規模だ。

 身体能力の高さは生まれつきだった。

 1歳で引き取られた時にわかるはずもなく、偶然だったが、幸か不幸か、綾小路家の家業に最適だった。


 昨夜、流風は鬼の気配を察知して追っていた。

 奴に攻撃の意志はなかった。

 ただ逃げていた鬼を仕留めそこなうなんて!

 腕に自信があった流風はプライドをへし折られ、無表情な顔の下に、ふつふつと怒りが込み上げていた。


 早くここを出て、アイツを見つけなければ……。


 しかし、妙に体がだるくて力が入らない。

 元看護師の多英は、たいした怪我ではないと言っていたが、思ったよりダメージがあったのかも知れない。

 動けない自分がもどかしかった。


 だが、ここの人たちは、なぜなにも聞かないのだろう?

 自分は妖怪退治用の武器を身に着けていたはず、普通、そんなものを持っていたら不審に思うだろうに……。

 それとも、川にすべて沈んだのだろうか?


 流風があれこれ考えている間に、成美は事務的に膳を下げて退室した。

 入れ替わりに冴夜が入ってきた。


「どう? 気分は?」

 冴夜の微笑は流風に対してなんの不信感も持っていないように見えた。本心から心配してくれているように感じた。


「もう大丈夫です」

 それは嘘だったが、ここへ来てから、流風が初めて発した言葉だった。

「話が出来るようになったのね、よかったわ」

 冴夜は少し驚いた表情を見せたが、すぐに目を細めた。


「助けてくださって、ありがとうございます」

「当然のことをしただけですよ」

 冴夜はためらいがちに、

「お名前、聞いてもいいかしら」

「綾小路流風です」

「あやこうじ……」

 一瞬、冴夜さよの表情が陰ったような気がした。


「なぜ、こんなところに?」

「ハイキングに来てて、迷ったんです」

 また、嘘をついた。

「じゃあ、ご家族が心配してらっしゃるでしょうに、困ったわね、まだ外部と連絡が取れなくて」

 冴夜は窓の外に視線を流した。

 いつの間にか雨が降っていた。


「こんな山奥で生活していると、悪天候で孤立するのはしょっちゅうなので、わたしたちは平気なんだけど、あなたは不安でしょうね」

 不安なのはこの邸の雰囲気だ。

 流風は今も異様ななにかを感じていた。


「なぜ、こんな山奥でひっそり暮らしているのか、不思議でしょ?」

 冴夜は自ら語った。

「ここには亡き夫の思い出がいっぱい詰まっているのよ、だから離れられなくて」

 誰かに聞いてほしかったのかも知れない。


「愛していたのよ、心から」

 そして、愛されていただろうと、流風は思った。

 孤児で愛情を知らない流風は、冴夜が羨ましかった。


「あなたもいつか、そんな人と巡り逢うわよ」

 流風の心を知ってか知らずか、冴夜は優しくそう言った。


   つづく


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