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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第3章 琥珀
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その8

 ドア口に現れたのは、もはや人間とは言い難い異様な形相の瑛太だった。

 顔はかろうじて瑛太の輪郭を留めているものの、口から覗くギザギザの歯は血に染まり、口角からは赤い涎が滴り、タンクトップの胸元を汚していた。


「瑛太……さん?」

 驚きと恐怖に目を見張りながら呼びかけた理煌に返事はせず、瑛太はゆらゆらと体を左右に傾けながら、ゆっくりと歩を進めた。


「とうとうそんな姿に成り下がったんか」

 琥珀は理煌と華埜子の前に立ち、盾となった。


「そうさせたんは誰や」

 瑛太の真っ黒な目が理煌を捉えた。

 理煌は恐怖を振り払うようにキッと表情を険しくして瑛太を睨み返した。


「その顔、母親そっくりやな」

 瑛太の顔がさらに醜く歪み、黒いオーラが全身から湧きあがった。

「自分が美しいと知っている綺麗な顔の下に、悪魔のような残酷さを隠してる」

「なに言ってるの?」

「教えてやろう、俺をこんな姿にしたお前の母、朱莉の罪を」


「朱莉は元々俺の彼女やった、1年付き合って結婚も考えてたんや、が、従兄弟の和哲が資産家の一人息子やと知った途端、その美しさで誘惑しやがった。和哲も俺の彼女と知りながら誘いに乗ったんや、俺はゴミみたいに捨てられた。二人は俺がどんな気持ちか知らんと、いや、わかってて、結婚式に招待して、幸せを見せつけた」


「朱莉はな、俺と結婚してたら、こんなに豪華な式も挙げられへんかったやろうし、贅沢な暮らしも出来ひんかった、俺と別れて正解やったって言いよった」

 瑛太の話が本当なら、自分の母親はなかなかの性悪女だと理煌は思ったが、予想はしていたので驚きもしなかった。


「お前が生まれて、幸せの絶頂って感じやった、そやし地獄へ突き落してやった」

「なんですって?」

「車内に閉じ込められて、火に包まれながら泣き叫ぶ朱莉の最期をしっかりと見させてもろたわ」

 瑛太は腹を突出し大口を開けて笑った。

「ただの事故と断定されたのは、俺にしてはラッキーやった」

「あの事故は……」

 

「俺をコケにした報いや!」

 瑛太の黒いオーラは部屋の半分を埋め尽くしていた。

「あいつらが消えて、清々したと思てたのに朱莉の亡霊が現れた、そっくりなお前が! 顔だけちごて性格も似てる、その可愛い笑顔で、本心を隠していい子ぶって、心にもないことを平気で言える、ニコニコしながら平気で人を欺く冷たさを持ってる」


「そんな人間、山ほどいるじゃない! そんな理由で殺されなきゃならないなら、人間のほとんどが抹殺されなきゃならないじゃない!」


 瑛太は不敵な笑みを浮かべ、

「そうや、俺がそうしてやる、そのために宿した能力ちからや!」

 瑛太の背中から無数の触腕が飛び出して襲いかかった。


「下がって!」

 琥珀は理煌と華埜子に叫びながら両手を広げた。

 それは真っ白な翼となり、触腕を受け止めた。

 華埜子が理煌の手を引っ張って部屋の端まで下がったのを横目で確認すると、琥珀は翼を炎に変えた。

 燃え盛る炎は触腕を溶解した。


「くそっ!」

 瑛太の形相が一段とグロテスクになったのを見て、理煌は戦慄を覚えた。


 華埜子もさぞ恐怖に慄いているだろうと横目で見たが、凛とした華埜子の横顔は、自分とは違い、肝が据わっているように見える。

 そうか……、あの二人を待っているのか、と理煌は思った。

 何者かは知らないが、この異常な出来事にも対応できる奴等なのか? などと考えている場合ではなかった。


 瑛太の体が膨張し、昆虫が脱皮するように腹から別の物体が這い出てきた。

 形容しがたい醜い姿のそれは、琥珀が広げている炎の翼に向けて粘液を噴射した。


 ねっとり貼り付いた粘液を振り払おうと、琥珀は羽ばたいたが、それは離れずに広がって、炎を小さくしていった。

「うっ!」

 粘液には毒があったようで、琥珀は苦痛に顔を歪めながら膝をついた。


「琥珀!」

 理煌は琥珀に駆け寄った。炎の鳥と化しているのを忘れて……勢いを失くしているとはいえ、炎の中に飛び込んだ。


 理煌の右手が琥珀の背中に触れた瞬間、理煌も炎に包まれた。

 その刹那、大きな火柱が立った。


 火柱は轟音を響かせながら天井を突き抜けた。


「キャ!」

 華埜子は熱風に弾き飛ばされ、本棚に背中をぶつけた。

 木柱から広がる炎が華埜子にも迫った。


 もうダメ!

 華埜子は固く目を閉じた。





 理煌は自分が炎の中にいることを自覚していた。

 しかし、不思議と熱は感じなかった。


「理煌……」

 驚きながら琥珀が見た炎の中で揺れる理煌の顔は毅然としていた。


 理煌の体から発した烈火により、琥珀の翼に貼り付いた粘液も溶けていた。

 しかし、瑛太の体から出た化け物は、熱に表面を溶かされながらも再生し、大きくなっているように見えた。


 醜いイボがブクブクと膨らんでは破裂し、熱を放出している。

 そして大きな口から、また毒の粘液を吐き出した。


 毒液の塊が迫った時、理煌は右手を掲げた。

 掌から火炎放射器のように炎が噴射し、毒液を阻止した。


 理煌はなぜ自分にこんなことが出来るのか解らなかったが、自然に体が動く、まるでずっと訓練していて、体に叩き込まれているような感覚だった。


 今度は左手が動いた。

 水平に動かすと、指先から火の玉が飛び出し、化け物に向かった。


 火玉は命中したが、化け物はそれを体内に吸収した。

 理煌は立て続けに、無数の火玉を発射した。


 どんどん取り込んでいく化け物の醜いイボは、相変わらずブクブク破裂しているが、そのスピードが増して、体全体がイボになった。

 次の瞬間、


 一気に爆発した。


 肉片が部屋に飛び散り、焼けこげた悪臭が充満した。


 理煌の体から炎が消え、琥珀の翼も腕に戻った。

 そして、化け物の残骸を確認した。


「やったんか……」

「そのようね」

 理煌はホッと肩の力を抜いた。

 ふと、瑛太の死体が目に入った。顔は元の瑛太に戻っていたが、恐怖に歪んだ表情が、腹を裂かれた時の苦痛を物語っていた。


(そうさせたのは誰だ……その顔、母親そっくりやな)

 瑛太の言葉が耳の奥にこだました。


「早よ脱出せな」

 琥珀は今にも崩れ落ちそうな天井を見上げながら、出口の階段へ向かおうとした。

 理煌もそれに続こうとしたが、

「あっ!」


 理煌は立ち止まり愕然とした。

 そして、恐る恐る振り返った。華埜子が居るはずの場所を……。


 華埜子の姿はなかった。

 棚の本を燃やし、炎に包まれた室内の空気は陽炎のように揺れていた。


「あの子は……」

 呆然自失で動けない理煌を、琥珀は肩に担ぎあげ、階段を駆け上がった。


   つづく


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