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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第3章 琥珀
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その1

 断末魔の叫びが黎明の森に響き渡り、枝葉を揺らした。


 ドサッ!

 牡鹿が地面に横たわった。


 立派な角を持つ大きな牡鹿の息はまだ微かにあり、苦痛に喘いでいたが、その止まり切っていない心臓に鋭い刃物のようなモノが突き立てられえぐり出した。

 

 捕食者はそれを貪り食った。

 口の周りを血で染めながら……。



     *   *   *



「あなたと同じ中2のお嬢さんがいるから、いい話し相手になると思うのよ」

「ならへん!」

 すみれの言葉を、真琴まことはキッパリ否定した。


 この人は自分と何年一緒にいるんだ? 人見知りで友達が少ないのを知らないのか? と真琴は心の中で突っ込んだ。

「一人で行くの嫌やったら、やめたらエエやん」

 菫は眉をハの字にしながら、

「もう行くって言っちゃったのよ」


 七瀬家の広いリビングで、菫は旧友宅への訪問に真琴の同行を求めていた。


 菫は御年58歳だが、女優である彼女は、メンテナンスに抜かりなく、シミ、シワ一つない艶々の肌で、孫がいるとは思えない若見えと美貌を誇っている。

 その美形の血を引く真琴も、艶やかなストレートのロングヘアー、色白で端正な顔立ちの美少女だ。


 1週間前、10年ぶりにかかってきた電話は、菫が清純派女優として活躍していた昔、映画で共演し――と言っても相手は端役だったが――知り合い、意気投合して友達になった灯子とうこだった。彼女も菫と同時期に結婚、引退した。


「今は年賀状だけのお付き合いだったんだけど、突然お電話いただいて、ほんとビックリしたわ~、懐かしくて、テンション上がっちゃって、お会いしましょうってことになったんだけど……最後に会ったのは10年も前なのよ、息子さん夫妻のお葬式の時」

 一人息子を事故で亡くした灯子は、忘れ形見である孫の理煌りおを一人で育てている。


「わたくしもすっかり老けちゃってるし」

 菫は手鏡を覗き込みながら、目尻の皺を指でなぞった。

 家の中でも鏡を手放さへんのか! と真琴はまた心の中で突っ込んだ。


「そんな理由やったら、あたしを連れてってもしゃーないやろ」

「なんとなく二人きりで会うの、気が進まないのよ」

 少女のような上目遣いで見つめられ、真琴の背筋に悪寒が走った。ここのところ、菫に頼み事をされると、決まって妙な事件に遭遇する。


「なんだかね、沈んだ感じがしたのよ、折り入って頼みたいことがあるって言っていたし……それも厄介なことだったらどうしようって……」

 菫は真琴の手を握った。


「しゃーないなぁ」

 いつもは有無も言わさぬ命令なのに、お願いされると無下に断れなくなった。

「ありがとう!」

 オーバーに抱きつかれて、真琴はゲッソリすると同時に後悔した。


 菫は続いてスマホを出し、

「じゃあ、ノッコちゃんにも連絡しなきゃ」

「なんでやねん!」


 その時、家政婦が入って来た。

「失礼します奥様、お客様がいらしてますが」

「あら、どなたかしら、来客の予定はなかったわよね」

ひいらぎ家の顧問弁護士とおっしゃってます」

 家政婦は預かった名刺を菫に渡した。


「清宮昇?」

 目を細めながら、菫は手にした名刺をめいっぱい遠ざけて、小さい文字をかろうじて読んだ。鏡より老眼鏡を近くに置けば? と真琴はまた心の中で突っ込んだ。

「柊って灯子さん家だし、とりあえず会ってみます、応接間にお通しして」





 応接間にはロマンスグレーの上品な紳士が座っていた。

 菫の入室を見て、清宮は立ち上がり、

「お邪魔しています、柊家の顧問弁護士をしております、清宮と申します」

 丁寧に挨拶をした。


「今日は急なお知らせがありまして」

 清宮の沈んだ顔に気付き、菫の顔から血の気が引いた。


「灯子さんに何かあったんですか?」

「実は、3日前に亡くなられまして」

「え……」

 菫はよろめくようにソファーに座りこんだ。

「大丈夫ですか!」

「ええ、あまりに突然で驚いたものですから……、つい1週間前にお話ししたところでしたのに」


「末期癌だったんです、ご希望で自宅療養されていたのですが、容体が急変しまして」

「そうだったんですか、それでわたくしに会いたいと」

 菫の目から大きな涙の粒が零れた。

「……残念ですわ」


「本人の希望で、葬儀は身内だけで済ませたのですが、あなた宛てにお預かりしている手紙がありまして、お届けに参りました」


 清宮が差し出した封筒を、菫は震える手で受け取った。

「灯子さんの最期の願いを、どうかお聞き届けください」

「内容をご存じで?」

「ええ、わたしが代筆しましたから」


 清宮、立ち上がり、

「では、よいご返事をお待ちしています」

 深々とお辞儀をした。


   つづく


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