その2
林道から外れた山奥に、その邸はあった。
鬱蒼とした木々に囲まれた平屋の日本家屋はかなり古そうだが、手入れが行き届いており立派な佇まいだった。
門をくぐると大輪の真っ赤なバラたちが出迎えてくれる。こんな場所には不似合いなバラ園、流風は縁側のガラス越しに、朝露に濡れた花びらを見ていた。
座敷に敷かれた布団の上で体を起こしている浴衣姿の流風は14歳の少女、少し癖のあるショートヘアー、キリッとした眉に二重の目が綺麗だが、感情が見えない貼り付けたような無表情だった。
鬼もどきを仕留めそこなって崖から転落、あの高さから落ちたのに、骨折もせずに助かったのは奇跡だ。
しかし打撲と切り傷で全身が痛み、思うように動けなかった。
川岸で気を失っていたところ、この家の庭師に発見されて担ぎ込まれたらしい。
「病院に連れて行ってあげられなくてごめんなさい」
邸の女主人、本郷冴夜が言った。
真珠の肌に切れ長の目、結い上げた黒髪が艶やかな、気品ある30歳くらいの和服美人だ。未亡人で、住込みの家政婦二人と、流風を助けてくれた庭師、周蔵と暮らしていた。
「この間の大雨で土砂崩れがあって、町へ降りる唯一の道がふさがれてるの、その上、電話もつながらなくて困ってるのよ」
それにしては悲壮感がない。
そこへ家政婦の一人が朝食善を運んできた。
「たいした怪我ではありませんよ、すぐ動けるようになります、打撲や切り傷の痕も残らないでしょう」
「多英さんは元看護師なのよ」
多英は60歳は越えているだろう年配で、不機嫌そうな顔をして、威圧的な態度の女だった。
「まったく、周蔵も困ったもんだわ、どこの誰ともわからない子を連れ込むなんて、厄介事は困りますよ」
それを聞いて冴夜は困ったように苦笑いしたが、流風は動じることなく玉子粥に口をつけた。
「いただきますも言えないなんて、育ちがわかりますわ、どうせ家出してきた不良でしょ」
流風を睨むが、下を向いて黙々と粥を食べている。
「たく……、口がきけないのかしらね」
多英は苦々しく顔を歪めた。
冴夜と多英が流風を見ている以上に、流風は二人を観察していた。もちろん気取られぬように……。同時に、目に映るモノすべてを細かく観察していた。
得体の知れない違和感……。
何もかもが不自然に思えるが、理由はわからない。
流風の直感は、一刻も早くここから立ち去れと言っていたが、今この体で現在地も把握していない山中に出るのは得策ではないこともわかっていた。
つづく