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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第2章 霞
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その7

〝永い眠りから覚めた物の怪″

 しずくが言っていたのは大蛇のことだったのか?


 それにしても、また鬼もどきが絡んでいる。

 瑞羽みずはの話が本当なら、アイツは人間を、住職を助けるために尽力した。

 凶暴であるはずの鬼がなぜ人間を助ける?

 流風るかはそんなことを考えながら、夕闇迫る山道をトボトボ歩いていた。


〝お前でないと鎮められへん″

 なぜ自分なのだろう? この地と自分の出生には何か関係があるのではないかと、流風は考えた。


 自分が何者なのか、流風は知りたかった。


 流風が綾小路家分家の門前に置き去りにされたのは一歳の時、生年月日と名前だけがメモに書かれていたらしい。両親の記憶などないし素性もわからない。

 そのまま綾小路家の養女となった。


 なまじ才能があったため、期待されて、修練は非情だった。同じ年頃の子供のように甘える親もなく、遊ぶことも許させず、毎日が辛く、苦しく……その感情を出す暇さえ与えられなかった。

 こんな運命を背負うことになってしまった理由がわかれば、納得できるかも知れないから……。




「おやまあ、こんな時間に何してんねん」

 突然、声をかけられ、流風はビクッとした。


 老婆が小首を傾げながら、流風の顔を覗き込んでいた。こんなに近付くまで気配を感じなかったなんて、人気のない山道だからと油断していた。


「この先は立入禁止になってるんやで、知らんのか?」

「あの、道に迷ったみたいで」

 老婆は訝しげに流風を見た。嘘はバレている。

「遺跡に興味があるんか、事件に興味があるんか知らんけど、もう暗いし危ないで」


 老婆を振り切って進むことも考えたが、

「ついておいで」

「えっ?」

「もう帰るバスもあらへん」


 老婆は歩き出した。

「昔話でも聞かせてあげるし」


 仕方なく流風は彼女の後に続いた。




 案内されたのはみすぼらしい小屋だった。

 立派なお屋敷じゃなくて流風はホッとした。山奥の大邸宅には嫌な思い出がある。


 中の様子も質素な暮らしが窺えた。

土間の台所に、居間の中央には囲炉裏と、時代に取り残されたような生活をしているようだ。他に住んでいる人はいないようで、こんなところに一人暮らしなんて寂しくないのだろうか? と流風は思った。


「寂しないで」

 流風の心を読んだかのように老婆は答えた。

「ずーっと一人や、煩わしい合いがのうて、気楽やしな」


 二人は囲炉裏を挟んで座った。

 老婆はお茶を入れながら、

「もう気付いてるんやろ」

「ええ、あなたは人ではないのですね」

 老婆は微笑んだ。

 不思議と嫌悪感はなかった。


 老婆の後ろを歩いていた時、急に空気が変わった。

 空間が歪み、異世界へ迷い込んだような感覚だったが、恐怖や危険を感じなかったので、流風はそのまま進んだ。


「ここは我らの世界、人間界と隣り合わせにあっても、決して人が気付くことのない……、たまに幼子が迷い込むことはあるけど、無事に帰れても記憶はない」

「帰れなかった子供もいるねの」

「人は神隠しとうてる」


「なぜ、あたしをここへ?」

「お前は人の身ながら妖怪と関わり合いがあるようやしな、昼間、猫と雀と一緒におったろ」

 雀って? と流風は首を傾げた。


かすみ様を鎮めてほしい」

「霞様?」


「遠い昔からこの山を守ってくださってる白い大蛇様や、永く休まれてたけど、その間も放つ妖気で我々雑魚を守護して下さってたんや、それを突然、叩き起こされて……」

「怒ってる」

「いや、寝ぼけておられる」

「え?」


「本来、霞様は温厚で、人を襲うような凶暴さは持ち合わせておられへん、我らに害をなす者は別やけど」

「罪もない人を殺してるじゃない」

「そやし、寝ぼけたはるしや、正気に戻られたら人を傷つけるようなことはされへん、それは智風ちふう様とのお約束やし」

「智風?」


「1200年前、霞様に名前を授けられた、徳の高い僧侶や」

「その人が大蛇を封印したの?」


「封印? とんでもない、智風様は霞様をたいそう可愛がられ、霞様は智風様に協力されて、害をなす妖怪を退治されてたんや、けど、智風様は亡くなられてな……、人の命はなんと儚いものよ、霞様は悲しみのあまり自ら深い眠りに就かれたんや」


 綾小路家の文献とはかなり違う話だと流風は首をひねった。


「いつか智風様が再びこの世に現れ、霞様を起こしに来られるまで……、人間は輪廻の輪の中にいるしな」


「あたしにどうしろと?」

「昼間一緒にいた猫、あれはアカン、あんな大物と霞様が顔を合わせたら厄介なことになるで」

 真琴はそんなに大物なのかと、流風はなぜかムカついた。


「霞様はさっき鬼に引っかかれて激怒しておられる、その上、妖力の強いモノと相対したら……覚醒しても我を失われてしまわれるかも知れん、その前に見つけて、目覚めさせてほしいんや、お前なら出来るような気がする」


 なぜあたしなの? 自分には真琴のような力はないのにどうやって? と、流風は素直にわかったと言えなかった。


「急がねば……」

 老婆の姿が透けて、透明になり、消えた。


 同時に再び、空気が変わった。


   つづく


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