その6
「未知の細菌やて」
華埜子がスマホを見ながら言った。
「地中に埋もれてた細菌を、遺跡と一緒に出してしもたん違うか、やて」
絶体絶命の重賢を救出した珠蓮は悠輪寺に連れ帰った。
少し遅れて、真琴、華埜子、那由他が庫裡のリビングに到着した。
「いくら調べたって無理だろうな、妖怪に精気を抜かれたなんて、普通の人間には想像できないだろ?」
珠蓮の言葉に、
「あの遺跡に眠ってたんやな」
那由他が腕組みしながら考え込んだ。
「心当たりあるのか?」
「うーん、なんかあったような気がするんやけど……」
遺跡の発掘現場で六人、意識不明の一人が搬送された先の病院で八人、合わせて十四人が原因不明の死を遂げた。
入院病棟の一画は閉鎖され、その場にいた人は状態にかかわらず隔離された。ニュースでは厳重な警戒態勢が取られ、物々しい防護服に身を包んだ捜査員の出入りが映し出されていた。
珠蓮が重賢を素早く連れ出したのは正解だった。
「重賢さんは大丈夫なん?」
華埜子が心配そうに言った。
「奥で寝てる、ギックリ腰が悪化して動けないみたいだ」
珠蓮が素っ気なく答えると、華埜子は口をへの字にして、
「アカンやん、お年寄りなんやし優しぃしてあげな」
「それに、蛇も逃がしてしもて」
真琴が付け加えた。
真琴から連絡を受け、重賢の元へ急行、間一髪で救出したのに、非難されるなんて理不尽にもほどがある! と珠蓮はムッとしたが、大蛇にとどめを刺せなかったことは、しくじったと思っていたので言い返せなかった。
「今度見つけたら、仕留める」
珠蓮はふてくされながら言った。
「あんたに倒せるかなぁ」
そう言いながら、ノックもせずに入って来たのは瑞羽だった。
「なんだよ、聞き捨てならないこと言ってくれるじゃん」
瑞羽に言い返したが、彼女はもう珠蓮など眼中になく、テーブルに着いて真琴たちに、スマホを見せていた。
「文献が残ってたんや、持ち出せへんかったし、写メしてきた」
真琴、華埜子は画面を覗き込むが、
「読めへんし……」
「古典は苦手やしな」
「どれどれ」
那由他が二人を掻き分けた。
「要約すると、約1200年前、都に白い大蛇が現れて人々を恐怖に陥れた。退治しようとした綾小路家の狩人が大勢、返り討ちに遭った。結局、高僧が法力で山奥に封印しましたとさ」
「那由ちゃん凄―い」
華埜子が拍手した。
「じゃあ、あの遺跡は」
「封印されてた祠があった場所やろな」
「1200年も眠ってたら、そらぁ腹ペコやろな」
「あれで満腹になったとは思えへんなぁ、また犠牲が出るかも」
「はよ、捜し出して退治せな」
「つまり、綾小路家の先祖が束になっても敵わなかった妖怪だから、俺に倒すのは無理だと?」
珠蓮は不服そうに言った。
「文献によると、都を一呑みに出来るほどの大妖怪って書いてあるし」
瑞羽の言葉に真琴は訝しがった。
「かなり誇張してるんやろうけど」
「ま、そうだと思う……」
「で、なぜここで言うんだ? 御先祖様の仇を打つチャンスじゃないか」
珠蓮の発言に瑞羽はギクッとした。
「今の綾小路家に、それほどの能力を持ったハンターがいーひんってことやろ」
「ハッキリ言うなぁ真琴は……、重賢和尚が仕留めそこなったんやで、大騒ぎやわ」
「そんなことくらいでビビるとは、綾小路家のプライドも地に落ちたもんだ」
珠蓮のとどめに瑞羽は首をうなだれた。
「けど、無茶な奴もいるんや、流風、一人で山へ行ったみたいなんや」
「まさか、もうすぐ日が暮れるで」
真琴は窓の外を見た。夕陽が空をオレンジに染めている。
「アイツ、死を恐れてないからな」
「蓮、流風を知ってんの?」
「聞いてへんか? あたしと蓮は前に会ってるで」
「え?」
「話せば長なるけど」
「アイツは自分の命を軽くみてる、いつ死んでもいいと思ってるみたいだ、だから強いんだよ」
珠蓮は流風と出会った朔の夜を思い出した。人間とは思えない身のこなし、死を恐れない大胆さ、感情を殺したあの瞳……。
「捜しに行かな!」
華埜子が立ち上がった。
「アンタが行ってどうすんの?」
「そうやけど」
自分に何の能力もないことはよくわかっていた。華埜子が行っても真琴たちの足手纏いになるだけだろう、でも、じっとしていられない。
そこへ重賢が壁に寄り掛かりながら、ヨロヨロと入室した。
「これが必要やろ」
と、懐から護符を出した。
途端、珠蓮と真琴が弾かれたように椅子から転げ落ちた。
「ちょっとぉ、たのむわ~」
真琴が青ざめながら上体を起こした。
「堪忍、堪忍」
重賢は頭を掻いた。
「妖怪封じのお札か、重賢の気がたっぷり込められた」
那由他が護符をマジマジと見た。
「アンタは平気なんや」
瑞羽の問いに、
「あたしは妖怪ちゃうもん、妖精やし」
ツンと顎を上げた。
華埜子が受け取ろうと手を伸ばしたが、瑞羽が横取りした。
「ノッコはお留守番、重賢さんの看病な」
瑞羽の言葉に華埜子は渋々頷いた。
「どうでもいいけど、はよ、片づけて、体に悪いわ」
真琴が腕で顔を隠しながら言った。
「あ……」
珠蓮は完全にダウンして、床にのびていた。
つづく