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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
第2章 霞
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その5

 悠輪寺ゆうりんじの住職、重賢じゅうけんは御年75歳、若い頃鍛えた体も、寄る年波で少々ガタがきている。

この日はギックリ腰で整形外科を受診していた。


「ありがとうございました」

 診察室から出てきた重賢は、ポロシャツにチノパンというラフな服装。総合病院にいつもの法衣で来るのは気が引けたので、慣れない洋装で訪れていた。


「やっぱり、日にち薬かなぁ」

 腰をトントンと叩きながら、ゆっくり歩き出した。


 すると突然、冷たいモノが背筋に走った。

 たちまち悪寒がこみ上げ、全身に鳥肌が立った。


(なんや!)

 重賢は周囲を見渡した。

 通路を行き交う患者や看護師達、一見、いつもと変わりない風景だが、重賢の真眼には、いびつに映った。


 重賢はこめかみを押さえた。

(これは……)

 空間が歪んでいる。それを生み出しているのは強烈な瘴気……その発生源は。

 重賢はフラフラと歩きだした。



 重賢が感じるまま入院病棟に辿り着いた時、瘴気は濃くなっていた。


(さて、どうするかなぁ)

 重賢は身の危険を感じていた。

 今すぐ立ち去りたい衝動に駆られていたが、瘴気を発している物の怪を放置しておく訳にもいかない。すでに病棟全体を汚染する勢いだった。


「ご気分、悪いんですか?」

 重賢の様子がおかしいのに気付いた看護師が、心配そうに声をかけた。

 確かに、酸欠のように息苦しい、まがまがしい瘴気の影響だと思われる。


「大丈夫です」

 と作り笑いで誤魔化そうとしたが、看護師の視線がすでに自分から外れているのに気付いた。

 その目には見る見る驚愕と恐怖が現れた。

 看護師の視線を追って振り向くと、


 ミイラが歩いていた。

 

 ミイラ?

 と思ったが人間だ。


 白衣を着ている。しかし、顔はどす黒く干からび、手足も骨とシワシワの皮だけ、とても生きているとは思えない状態。


「な、なに……アレは」

 看護師が震える唇で言った時、ミイラは崩れるように倒れた。

 そしてまた、同じように干からびた人間がフラフラと現れた。パジャマの入院患者や見舞客らしき人まで、数人が廊下を徘徊していた。


「これは……」

 重賢はそれらの人々の足元に黒い影を見た。太長いいロープのようなものが、クネクネと動き回っている。


 それがこちらへ向かって来た。


 重賢は素早く立ち上がり、印を結んだ。

 結界が張られ、影は重賢の前で止まった。


(蛇か!)


 結界に阻まれた影は、床から這い出て首をもたげた。

 それは天井に頭をぶつけるほどの白い大蛇で、大きく開いた口から牙を剥き出しにして威嚇した。


「キャアッ!」

 看護師は悲鳴をあげると、気を失って倒れた。

「看護師さん!」

 呼びかけたものの、大蛇を食い止める印に力を込めるので精一杯、助け起こす余裕はなかった。


 大蛇は重賢に飛び掛かろうと体当たりしたが、結界を破れずに、飛び越えて出入口へ向かった。


(アカン!)

 外へ逃がす訳にはいかない。

 重賢は気を鞭に変え、逃げようとする大蛇を捉えようと投げた。

 それは大蛇の首に巻きついた。


 大蛇は振り返り、重賢を丸呑みにしようと大口を開けた。

 重賢はもう一方の掌に気を集めて発した。


 命中!


 大蛇は重賢の気を飲み込んでしまうと、もんどり返って苦しんだ。

 天井へ、壁へと暴れる大蛇、気の鞭で大蛇の首を捉えている重賢は、上下左右に引っ張られながら、逃がさないように踏ん張った。

 早くとどめを! と重賢は再び掌に気を込めた。


 重賢の体が青白いオーラに包まれた。

 細い目をカッと開き、暴れる大蛇に掌を向けた瞬間、


 ギクッ!!


 重賢の顔から血の気が引き、オーラも萎んだ。

 ギックリ腰の悪化。


 掌を向けたまま動けなくなった重賢に大蛇は牙を剝いた。


 これまでか!

 重賢が観念した時、


 大蛇は牙を剝いたまま海老反りになった。

「ギャァァ!」

 苦痛の叫びを上げながら、大蛇は床にドサッと落ちた。


 その後ろには真っ黒い毛で覆われ眼だけが赤く煌めく、体長2メートルくらいの獣が立っていた。

 鋭い爪から大蛇に一撃を加えた時の血が滴り落ちていた。


 赤い眼は、横たわる大蛇を捉えていた。

 大蛇の体に一撃を受けた傷口がパックリ開いている。


 珠蓮じゅれんは止めを刺そうと飛び掛かったが、鋭い爪はリノリウムの床に突き刺さった。


 大蛇は再び黒い影となって壁伝いに逃げ去った。


「ちっ!」

 珠蓮は人間の姿に戻り、

「行くぞ」

 重賢をヒョイと肩に担ぎあげた。


 重賢の腰がボキボキと悲鳴をあげ、激痛に白目を剝いた。

 珠蓮は気遣うことなく、重賢を担いだまま、窓から飛び出した。


   つづく


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