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金色の絨毯敷きつめられる頃  作者: 弍口 いく
最終章 那由他

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その10

 虹色の珠はゆっくり降下し、真琴たちの傍に降り立った。

 再び人型に変形し、悠輪ゆうりんの姿と那由他なゆたに分離した。


「みんな無事か?」

 那由他の問いに、

「危なかったんだよ、あたしたちまで浄化されて煙になるところだったんだよ」

 紫凰しおが頬を膨らませた。


真琴まことがいるし、大丈夫やと思てんけど」

「このバカ娘は、まだ人間の部分の霊力を使いこなせないんだよ、しずくがいたから助かったんだよ」

 雫は紫凰の腕の中でグッタリしていた。


「終わったね、邪悪なモノは完全に消えたんだよ」

 紫凰は雫に視線を落とした。

黎子くろこ姉様の魂は、救われたんか?」

「お前がくれた霊力で浄化されたで」


 那由他の言葉は嘘だと真琴は知っていた。黎子の魂は邪悪なモノに食い尽くされて無くなっていた。悠輪もそう言っていたのに沈黙を守った。


「これでお前も、心置きなく逝けるね」

 きっと紫凰も知っているのだろうと真琴は思った。

 みんな嘘つきだ!

 でも、それは優しい嘘なのだと、真琴は目尻を下げた雫を見て思った。


 ……って、え?

 行くってどこへ?

 真琴はハッと我に返った。

「雫おばあちゃんの手当てを!」


 慌てる真琴を無視して、紫凰は雫を大銀杏が立っていた場所へ運んでいった。


 数時間前までは金色に色付いた葉をいっぱい湛えた立派だった大木は、見る影もなく燃え尽きていたが、地中に埋まっていた根元はわずかに残っていた。

 そこに雫を横たえた。

「なにしてんの、よ病院に連れて行かな!」


「エエんや、真琴」

 雫は震える手を伸ばした。

「うちはここで眠るんや、綾小路の呪縛から解放されてな」

「おばあちゃん……」

 真琴は傍に屈んで、もう冷たくなっている雫の手をギュッと握ったが、涙で雫の顔は見えなくなった。


「綾小路家の墓になんか入りたくないんだよ、やっと自由になれたんだからね」

 紫凰が言った。

「あたしも、その方がエエと思う」

 那由他も頷いた。

「ここの方が安らかに眠れると思う、雫のむくろを苗床として、大銀杏はまた甦るんやし」


 困惑する真琴に紫凰は、

「あとで詳しく話してあげるから」

 と言って、雫の頬にそっと手を当てた。

 雫は満足そうに微笑んだ。


「けど……、真琴の成長を、もうちょっと見てたかったなぁ」

「お前の分まであたしが見届けてやるんだよ、そして、転生したお前に教えてやるからね」

「それまで、長い別れになるな」


 雫は笑みを浮かべながら静かに目を閉じた。

「我ら妖怪にとっては、しばしの別れや」


 雫の体が地中に吸い込まれた。

「おばあちゃん!」

 真琴が握っていた手をすり抜けて、雫の体はたちまち消えてしまった。


 と同時に、燃え尽きたはずの大銀杏の葉が色付きを取り戻した。

 それが徐々に広がっていく。


 色付いた落ち葉はどんどん広がり、真琴や華埜子の足元を越えて、焦土に金色の絨毯を敷きつめていく。高熱に焼かれ醜く溶解した邪悪なモノの屍も、激しい攻撃で砕かれた上、焼け焦げた妖怪たちの残骸も、汚いものは全て覆い隠すように広がった。

 焦土は美しい金色の落ち葉の絨毯に敷きつめられていった。

 そして、その隙間から新芽が芽吹いていた。


「銀杏の木が大木に成長するのには、長い年月がかかるだろうが、森の復活も、思いのほか早いかもだよ」

 紫凰は金色の絨毯敷きつめられた銀杏の森を見渡した。


「まさか、他のみんなも……」

 真琴は慌てて、五人が横たわっている方に振り返った。


(大丈夫、五人は無事だよ、ただ前世からの受け継いだ霊力と能力ちからを、拙僧が使わせてもらったから、おそらく丸一日は眠り続けるだろう)

 悠輪が言った。

(前世の呪縛から解き放たれたんだ、もう記憶が甦ることもないだろう)


「お前たちも行くのか?」

 紫凰は悠輪と那由他に向き直った。

「寂しいか?」

 悪戯っぽく言った那由他に、紫凰は答えずに頭をクシャッと鷲掴みにした。


「長い付き合いだったんだよ」

「1200年か……」

 那由他は寂しそうな笑みを向けた。

「あたしは大妖怪だからね、千年くらいあっと言う間だけど、元々雀だったお前にとっては途方もない歳月だろうね」

「野生では2~3年の寿命やったんやもんな、アルビノはもっと短命やったかも知れん、それが1200年やもんな……」


「悠輪はわかってたん? あたしの宿命……、それで那由他って名付けたんか」

(永い間、ご苦労さま)

「答えになってへんけど、ま、エエか」


 そんな会話を聞きながら、真琴は唇をキュッとむすんで、勝気そうな瞳から涙が零れるのを堪えていた。

 それに気付いた那由他は、いつものように間近に顔をくっつけた。

「近っ!」

 と言いながらも、真琴はいつもとは違ってのけ反らなかった。金色の巻き毛が真琴の頬をくすぐった。


「そんな顔せんといてぇなぁ、前々から言うてたやん、笑顔で見送る約束やろ」

 那由他の言葉に頷いた拍子に、大粒の涙が一つ、転がり落ちた。


 悠輪の体の輪郭がぼやけて光となり、虹色の珠に戻った。

 そしてゆっくり上昇し始めた。

「バイバイ」

 短くそう言うと、那由他は縮んで白い雀になった。


 虹色の珠を追うように羽ばたくと、珠に吸収されて一つになった。


 真琴は涙をいっぱい溜めながら、ただ見上げていた。


「あっさり行ってしまったんだね」

 紫凰は名残惜しそうに虹色の珠が消えた方を見上げた。


「この日が来るのはわかってたし……」

 真琴は鼻を啜りながら顔を背けた。


   つづく


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