その6
光も届かない深海にいるような感じだった。
呼吸はできるが体全体に圧力を感じ、思うように動けない。
漆黒空間の所々に仄かな光が見えた。
縦に伸びた金色の瞳はわずかな光を集めて周囲を見渡したが、光の正体を見極めた時、全身の毛が逆立った。
それは目玉だった。焦点が合わない虚ろな目玉が無数、漂っていた。
それだけではない、鼻や唇、手足がバラバラに浮遊していた。
これは黎子に禁術で吸収された妖怪たちの末路なのだろうと、真琴は思った。
自分も半分は妖怪だ、ここにいれば同じ運命をたどるのか?
いや、その前に核へ辿り着いて、黎子を倒せば!
真琴は奥歯を噛みしめた。
核はこの底にあるはずだ。鉛のような体を無理に動かして、真琴はさらに深く潜った。
ひときわ煌めく光があった。
目玉とは違う、それは……。
大銀杏の根に守られるように絡まっている、水晶のような球体で、虹色の不思議な光を放っていた。
あれが核か?
しかし清浄な輝きに感じるのは何故だろう?
邪悪なモノになり果てた黎子なら、邪悪な妖気の塊のはずなのに……。
(黎子はもう、どこにもいない)
真琴の心の呟きに、誰かが答えた。
「誰?」
(拙僧は悠輪)
それは虹色に輝く球体から聞こえてくるようだ。
(黎子の魂は、邪悪なモノとなった時、消滅した)
「じゃあ、核は……」
(そんなものはないんだ、強いて言えば、拙僧がそうなのかも知れない)
「どういう意味?」
(誤算は羅刹姫だった。彼女にあんな力があったとは……。彼女が注ぎ込んだ妖力によって邪悪なモノの力が増大し、封印を破られてしまったのだ。だが、あのまま外に出しては、拙僧の1200年に及ぶ労苦が水泡と化す。だから最後の力で捕まえているのだ)
確かに、邪悪なモノは這い出ようともがいていたように見えた。
(よくここまで来てくれた、人間と妖怪の間に生まれた子よ、お前だから辿り着けたのだ)
「あたしだから?」
(黎子の禁術は妖怪に作用する、だから邪悪なモノに取り込まれたのだ、しかし、お前は人間でもあるから、完全には吸収されなかった)
「黎子の術はまだ有効なんか?」
(今や邪悪なモノそのものの力となっている、吸収された妖怪たちの無残な姿を見ただろう?)
「……めちゃグロかった」
(それでも臆さずに来てくれた、さすが真琴だ)
「あたしを知ってんの?」
(この根は大銀杏のもの、大銀杏より命を授かった那由他の目を通して、すべて見ていた)
「那由他の奴! こうなるように、さんざん邪悪なモノの話を吹き込んだんか」
(それは違う、那由他にそんな策略はできないよ)
「じゃあ」
(導きだよ、お前は母親譲りの霊力を持っている、お前なら拙僧を解放できる)
「解放するって?」
(邪悪なモノが外に出ないよう捕えているうち、逆に侵食されて、もう自力では離せなくなってしまった。母上も余計なことをしてくれたものだ)
「母上?」
(羅刹姫は拙僧の母、生みの親の成れの果てなのだよ)
「えーっ?」
羅刹姫が元は人間だったと知っていた真琴だが、まさかそんな因縁があったとは思いもよらなかった。
「けどなんで、母親がアンタの邪魔すんの?」
(わたしをここから解放するためにやってくれたことなのだろう。焦らずとも、転生者の霊力が満ちて、邪悪なモノを今度こそ完全に滅する力がついた時、封印は解くつもりだったのに……、だが、あの人は人間を信じられなかったのだろう、転生者が邪悪なモノとの戦いに臨むと思わず、拙僧を見捨てると思ったのだろう、だから無理やり封印を破ろうとしたのだ)
「ま……、あの顔ぶれやったら、そう思てもしゃーないかな」
(でも、来てくれた)
「なかば無理やりやけど」
(大丈夫、今度こそ、邪悪なモノを滅することができると信じている)
(だから、拙僧と邪悪なモノを切り離しておくれ)
つづく




