その4
本堂に向かっていた真琴、結音、白哉は本能的に危険を察知して足を止めた。
バリバリバリ!!
轟音と共に、雷光が本堂の屋根を突き破った。
それは空から落ちた雷ではなく、本堂の中から空に向けて放たれた光だった。
空を切り裂く爆音と振動、砕けて飛び散る屋根瓦の破片を三人は素早く避けた。
本堂から火の手があがった。
にわかに吹きはじめた強風に煽られ、炎はアッという間に燃え広がり、堀の小橋にも燃え移った。
「大妖怪なんやろ、なんとかしぃなぁ!」
真琴は無駄と知りつつも白哉に迫った。
「猫は火が嫌いなんやで」
「狼もよ」
結音も燃え上がる本堂を茫然と見上げた。
「そやな、獣はおんなじや、澄がいたらなぁ、って! どうすんの、森への入口が」
本堂へ続く小橋がなければ銀杏の森へ入れない。
「ちょっと、アレは!」
激しく燃える炎の中に、どす黒い煙のようなものが昇っている。それは暴風の影響を受けていないようで、真っ直ぐ夜空に向かっていた。
「瘴気やな」
白哉の瞳が青白い光を放ちながら瘴気を見上げた。
「それって……」
「封印が破られたみたいやな」
瘴気はドンドン沸き上がり、夜空を覆うように広がっていった。
それを見上げる三人の頭上から、暴風に巻き上げられた火の粉が降り注いだ。
白哉は腕を一振りして、火の粉を夜空に押し戻した。
「ありがとうございます」
火傷を逃れた結音がお礼を言ったが、真琴は当然、と言った表情。
「このくらい、君にもすぐ出来るようになるで」
白哉は結音の指に輝く指輪をチラリと見た。
「ほう、お前が青狼の指輪を受け継いだのか」
聞き覚えのある声に振り向くと、霞が涼しい顔で近づいていた。薄紫のバリアに包まれた霞は、火の粉も暴風にも影響を受けていない。
「ずるい!」
真琴は強引にバリアの中に飛び込んだ。
「あつかましい奴だのう」
呆れる霞をよそに、真琴は風に乱れた髪を櫛でとかしていた。
そんな真琴の足元から、貉婆がはえてきた。
「なんや!」
驚いてピョンと飛び上がり避ける真琴。
出てきた貉婆は血色が良く、前歯を出してニッと笑った。
「狼たちの骸は片付けましたで、まだ温うて新鮮やったなぁ、食べきれへん分はあとで燻製にしますわ」
「燻製って……」
真琴は想像してゾッとしたが、
「けど、助かったわ、あんなモン見つかったら大事やしな」
首を切断された惨殺死体が境内に転がっているなんて、警察に発見されたら説明のしようがない。
「一匹だけ、まだ息のある奴がいたし、霞様の為に取っときましたで」
「それって、乃武さんやん!」
「そうなのか? 乃武を食う訳にはいかないな」
「ほな、うちが」
「アカンって!」
「そこに見えるは霞ちゃん、いつお目覚めに?」
白哉は結音を連れてバリアの中に入るなり、馴れ馴れしく霞の手を握った。
「久しぶりだな、白哉」
握られた手に冷ややかな目を向けた後、霞は本堂に視線を流した。
「しかし、ゆっくり挨拶している暇はなさそうだぞ」
火の粉を巻き上げながら燃え上がる本堂、沸き上がる黒い塊は煙のように見えるが、
「あんなに瘴気が出ておるぞ」
「まずいなぁ」
白哉は腕組みをして眉間に皺を寄せた。
「どうなんの?」
「アレを吸い込んだ人間は、うちに潜む闇が刺激され、邪悪な心に支配されるんや、殺し合いが始まるで」
「そんな!」
「広がらないうちに、なんとかせねばのぉ、元を絶たねば消えんだろう」
「元って、銀杏の森にあるんやろ? けど、入口が」
「それやったら、うちが開けますで」
貉婆が自信満々で言った。
「では、こいつらを頼むぞ」
「霞様は?」
「わたしは……」
遠い目をする霞の脳裏に、智風の顔が浮かんだ。デジャヴなんかじゃない、1200年前のあの瞬間に引き戻された気がした。
「智風に頼まれたからな、都を護れと」
そんな霞を見て、白哉は吐息を漏らしてから、済まなそうにこめかみを掻きながら真琴に向き直った。
「森には紫凰姉さんもいるし、大丈夫やな」
再び、霞に満面の笑みを向けた。
「お供しますで、霞ちゃん」
「コンビ復活だな」
霞は満足そうに頷いた。
「俺の毒も強烈やで、毒を持って毒を制す、俺と霞ちゃんにかかったら、あんな瘴気、すぐ中和できるしな」
キョトンとしている真琴にウインクした。
「真琴ちゃんが帰る場所を護る」
「気持ち悪っ!」
「必ず、流風と一緒に帰るのだぞ」
白哉と霞に外を任せるのは不安だが、今はその方がいいのかも知れない。
「わかった、みんなまとめて連れて帰るし」
真琴の言葉に霞は微笑み、貉婆に合図を送った。
次の瞬間、真琴と結音の足元の地面が消えた。
燃え盛る本堂も火の粉も消え二人は真っ白な空間にいた。
そこは貉婆が開けた人間界と隣り合わせにある亜空間だった。
「こっちやで」
真琴と結音は方向感覚もないまま、貉婆の後に続いた。
つづく